くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「桜桃の味」「ポゼッサー」「林檎とポラロイド」

桜桃の味

いい映画です。映像が物語の展開を見せていくという演出感性の素晴らしさにラストは引き込まれて行きました。素朴で殺伐とした景色が、色合いを帯びてきて、どんどん人間味を映し出していくクライマックスが特に素晴らしい。監督はアッバス・キアロスタミ

 

一人の男、バディが車を流しながら人を探している。最初に見つけたのはクルド人の兵士、彼が兵舎に戻る前にちょっと頼みたい仕事があるからと、工事現場の一角にある木の根元に連れていく。バディは、この穴に明日の早朝きて、自分の名を呼んでほしいという。そして返事がなければ、土を被せてほしいというが、奇妙な依頼に、兵士はそそくさと逃げ出してしまう。

 

次にバディが乗せたのは工事現場で働くアフガン人の男。しかし結局、彼も、そんなことはできないと車を降りる。途方に暮れたバディは工事現場の隅で座り込んでしまう。工事現場の男に急かされて車を動かし始めるバディの傍には一人の老人バゲリが乗っていた。

 

バゲリは自然史博物館で働いていて、子供が白血病なので金がいるからバディの頼みを引き受けた。そして、穴を見て、職場まで送ってもらう車の中で、悩みの一つや二つ誰にでもある事、かつて自分も自殺を考えたが、縄をかけた木になっていた桑の実を食べて思いとどまったのだという。そして、もう一度美しい夕日、朝日が登る景色、などを見てみたいと思わないかと諭す。それまで殺伐とした工事現場ばかり車を走らせていたが、次第に、色づいた木々が茂るところを通っていく映像の変化が素晴らしい。色づく景色はバディの心の変化でもある。

 

やがて、博物館でバゲリを下ろすが、最後にバディは、返事がなくても、眠っているだけかもしれないから揺り起こしてみてほしいと言う。そのあと、職場までバゲリを追って行く。そして、明日の念を推す。博物館の高台へ行き、夕日を眺めるバディ。暗転すると、バディの家の窓だろうか、外からカメラが中で動くバディの姿を追っていき、やがて明かりを消してタクシーで、指定の穴に向かう。穴に入ると、下からもう一台が上がってくるのが見え、バディは穴に入りしっかりと目を開けているカットで暗転。次に画面が映ると、テレビの捜査線が見える映像で、映画の撮影をしているクルー達の画面、バディを演じた俳優がタバコを吸っている。こうして映画は終わって行く。

 

バディが死ぬことをやめ、生きることに必死になる決心をした映像から、いきなりリアルな撮影の場面へジャンプカットする締めくくりがアッと思わせるが、こう言う演出をいともあっさりやってのけるのは見事。映画の流れで、感動的なラストが予感させられるのだが、そんな甘い平凡なエンディングを選ばなかったと言うことかもしれない。現実はそんなに甘くない。撮影クルーが最後に撮っているのは兵士たちの姿なのです。そこがこの映画の凄さかもしれません。

 

「ポゼッサー」

鮮血のフィルムノワール、典型的なB級SFホラーという作品で、アイデアは面白いのですが、ストーリー展開に効果的に使われていないのは残念。さらに、シュールな映像表現も、ただテクニカルな画面に終始しているのは、やはり才能のなさでしょうか。スプラッターとは言わないけれど、目を背けるシーンも多々ある映画でした。監督はブランドン・クローネンバーグ。

 

一人の黒人女性が頭に針のようなものを刺して、ダイヤルを回して表情を調整しているところから映画は始まる。やがてその女性はとあるクラブに入って行き、一人の男を惨殺し、自らの口にピストルを向けるが自殺できず、駆けつけた警官に撃ち殺される。別の場所で、一人の女性タシャが目覚める。タシャは、他人の頭の中に入り込んで、その人をポゼッサーとして操り、その人の身近なターゲットを殺害する仕事をしていた。操った人物は任務終了後自殺することで、タシャが元の世界に戻ることになっていた。

 

タシャは任務を終えて、夫マイケルの待つ家に帰ってくるが、間も無く次の任務が来る。今度のポゼッサーはコリンという男性で、彼の勤める会社のCEOを殺害するのが今回の任務だった。コリンの脳内に入ったタシャは、ターゲットに近づき、任務を遂行するが、自殺できず、脱出できなくなってしまう。しかも、もがく中で次々と殺戮を繰り返してしまう。

 

組織のエージェントがタシャを戻すために善処すべく派遣されるもコリンに殺されてしまう。コリンはタシャと重なったまま、マイケルの自宅にやってくる。そこでとうとうマイケルまで殺されるが、息子に刺し殺される。コリンは死ぬ直前息子も撃ち殺してしまうが、そこでようやく脱出でき、タシャの意識が戻る。こうして映画は終わる。

 

とにかく、惨殺していくので、血の海の連続な上に、殺し方がえげつなくグロテスク。コリンがタシャに戻れなくなりもがく場面はシュールな映像で表現されるものの、テクニカルな映像という形のみで、映画のテンポを操るほどではないのが勿体無い。退屈しないというより、残酷シーンで眠くならなかった感じの一本でした。

 

「林檎とポラロイド」

不思議なほどに、静かに感動してしまう不思議な映画。淡々と流れる物語に、いつの間にか惹かれて、とっても心があったかくなって、ラストシーンはなんとも言えなく胸が熱くなってしまった。ファンタジーなのに切ない。素敵な映画に出会いました。監督はクリストス・ニク。

 

とんとんという音、部屋の中の雑然としたインサートカット、一人の男が壁に頭つきをしている。そしてそのアパートを出る。出がけに近所の飼い犬だろうかに挨拶をし、花を持ってバスに乗り込むが、終点についても席に眠ったまま。車掌に起こされるが、名前も住所も言えない。車掌は救急車を呼んでくれる。突然記憶を無くす奇病が流行しているらしい。

 

病院へ入った男は、さまざまな記憶障害の検査を受ける。彼はなぜかりんごに目がなくて、次々とりんごを食べる。彼を探しにくる人もいないので、医師は「新しい自分」プログラムを受けてみないかと提案する。それは、過去の記憶は忘れてしまって、新しい人生を作り直すというものだった。新居を与えられ、医師の指示のテープが届き、その通り行動を開始する。自転車に乗る、仮装パーティに行く、ホラー映画を見るなどである。そしてその行動をポラロイドカメラに撮りアルバムにしていくのである。

 

男は映画館で、同じようにプログラムを実行している女性と知り合う。そしてその女性と親しくなっていくが、男は時折、過去の記憶の断片を思い出すようになる。いつも立ち寄る果物店で、りんごは記憶力低下予防に効果的だと言われ、オレンジに変えて買って帰る。もう記憶はいらないと言わんばかりである。

 

ある時、女性に誘われて踊りに行き、女性にトイレに誘われSEXをする。恋の予感を感じたのだが、少し遅れて男の元に届いた指示の中に、女性が行ったのと同じ指示が入っていて、あれもプログラムの一環だったと知る。

 

男に次に届いたのは、余命僅かな患者と親しくなり、葬儀の場に立ち会うことだった。病院で知り合った老人にスープを作ってやり、老人の希望で焼き菓子を作ろうと奮闘している時にあの女性が訪ねてくる。これから葬儀に出るのだが退屈だから付き合って欲しいという。男と同じプログラムを彼女も実行していたのだ。男は断り、焼き菓子を持って病院に行くがすでに老人は死んでいた。

 

墓地で、遠くから葬儀を見守る男は、自分が花を持ってどこに行くところだったかを思い出す。それは、おそらくだが、彼の妻の墓地に花を供えるためだった。冒頭で、壁に頭を打ち付けていたのは、妻を亡くした絶望感からだったのではないだろうか。そして、以前の住所を思い出した男は、かつての家に行き、部屋に入る。そこにはりんごが山積みだった。男はそのりんごを剥いて食べ始め映画は終わる。

 

見終わった時は気がつかないのですが、後から思い出して、とっても切ないイラストシーンに、じんわりと涙してしまいました。こんなファンタジックな映画があるものかと、たまらなくなってしまいました。いい映画です。傑作とかそういうものではなくて、佳作という表現がぴったりの素敵な一本でした。