くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「ある男」

「ある男」

物語がどんどん闇の奥へ沈んでいく、あまりに奥の深い作品。名前というものの無意味さ、過去を変えられない残酷さ、そんな人生のどうしようもない一点に集中的に目を向けて行く展開が実に辛い。しかも、エピソードの配分がちょっと悪く、平坦すぎるテンポで流れるので、異常なくらいに長く感じてしまう。監督は石川慶ですが、この監督のある意味限界を見た気がする一本でした。

 

向こうを向いた二人の男を描いたかのような絵のアップ、ここはバーのカウンターらしく手元だけが映る二人の男が立ち上がって去る場面から画面は始まる。ある街の文房具店、店番をする里枝は何かに耐えられず涙ぐんでしまう。そこへ一人の客がやってくる。彼はスケッチブックを買うのだが、突然の雷鳴で停電、ブレーカーを触ってやって二人は知り合いになる。

 

この街の林業に見習いでやってきたこの男は谷口大祐と言った。絵が好きで時々風景をスケッチしていて、里枝の文房具店に頻繁に来るようになり次第に二人は親しくなる。里枝は、次男を病気で亡くし、夫と離婚し、長男と祖母の三人暮らしだった。やがて里枝は谷口と結婚し、次女の花が生まれる。ここまでの掴みの部分がちょっと間延びして長い。ある日、体育会の予行演習が嫌で父について行くと言った長男を連れて大祐はいつものように山へ行くが、木を伐採する際、つい足を滑らせ、気が動転したところへ切りかけていた木が倒れてきて亡くなってしまう。

 

それから一年が経つ。一周忌の法要がいとなまれている。大祐の実家は伊香保温泉の老舗旅館で、そこの次男だと聞いていた里枝は、大祐が、仲が悪いからと連絡を控えていた兄谷口恭一を呼ぶ。大祐を悪く言いながらも仏壇の前に座った恭一はそこにある写真を見て大祐ではないと里枝に言う。なんのことかわからず、かつて離婚調停で世話になった弁護士城戸に相談し、谷口大祐だと思っていた人物の真相を調査してもらう。

 

城戸は、たまたま同僚に、戸籍の売買を仕事にしていて今は服役している小見浦の存在を知り、彼を訪ね、偽の谷口大祐が誰から戸籍を買ったかを問い詰めるが、はっきりしたことを聞き出せなかった。後日、小見浦は絵葉書で、谷口と曽根崎という名字を書いた城戸を馬鹿にする手紙を送ってくる。面談の際、小見浦は在日朝鮮人の3世である城戸のことを執拗に追い詰める言葉を投げかける。城戸もまた自分が在日朝鮮人であることに負い目を感じていた。テレビでヘイトスピーチのニュースを見てのめり込んでいるシーンに城戸の思いが描写されている。

 

さらに、城戸は谷口の元恋人の後藤美涼を訪ね、本物の谷口大祐の写真を見せてもらう。後藤は、偽のSNSを作り、そこに谷口の写真をアップしながら情報収集を始める。

 

そんな時、城戸は、死刑囚の絵画展を見る機会があり、そこで、偽の谷口が書いたスケッチの中にあった男の絵と同じものを見つける。その男は、小林大輔という死刑囚で、勤め先の工場の家族を惨殺してすでに死刑執行も済んでいる人物だった。その男に子供がいて、母の旧姓で原誠という名前だとわかる。原がボクサーだったことを突き止めた城戸は通っていたボクシングジムに行き、オーナーから原の過去を聞き出す。

 

ボクシングの才能があった原は、みるみる実力をつけ、新人王決定戦を間近に控えていた。しかし原は、少年時代に見た父の血だらけの姿のトラウマがあり、殺人者の血が流れている自分を嫌悪していた。そして、鏡に自分の姿が映ると体がすくんでしまうようになっていた。トレーニングのランニングで突然痙攣を起こして倒れた原はまもなくしてビルの屋上から落ちて大怪我を負ってしまう。

 

城戸はふとしたことから、小見浦がつぶやいた戸籍のロンダリングの言葉の意味を知ることになる。まず原は曽根崎という男の戸籍を手に入れるが、その後、本物の谷口と戸籍を入れ替え、本物の谷口大祐は曽根崎に、原は曽根崎をへて谷口大祐になったことがわかる。里枝と結婚した人物の真相が見えてきたが、では本物の谷口大祐はどこにいるのかという疑問が湧く。

 

その頃、偽のSNSで情報を求めていた美涼は、メッセージで曽根崎なる人物から連絡を得る。城戸はその人物と美涼を会わせる。里枝は、長男に、ことの次第を説明し、いずれ娘の花にも話すことがあるというが、それは自分が話すと長男はしっかりと答える。

 

全ての真相が明らかになり、城戸は、事件の調査で少し家族がギクシャクしていたが、妻香織や息子とも関係を取り戻し、この日三人でレストランで食事をする。たまたま席を立った妻のスマホで遊んでいた息子がフリーズしたので城戸が触っていると、たまたま妻宛にメッセージが入る。昨夜は飲み会で遅くなったと聞いていたが、知らない男性と会っていたことを知るが、知らないふりをする。

 

画面が変わると、とあるバーで二人の男性が話している。冒頭の場面である。どうやら一人は城戸らしく、自分は伊香保温泉で旅館を経営している家に生まれたが、縛られるのが嫌で飛び出したのだという話をしている。おや?という流れから、相手の男性の名刺に返事をする際、私の名前は…で映画は終わる。在日朝鮮人である過去を隠すため、彼もまた自分を偽らざるを得なかったのかというエンディングである。

 

出だしがちょっと間延びするのでしんどいのですが、物語が進むにつれてどんどん奥深くに沈んでいく展開がなかなか見応えがある。しかも、明るい未来へと結局浮上せずに、どんどん闇の中に入り込んでいくだけという重さと、束縛から結局逃れる方法はこれしかないという虚しさやるせなさの締めくくりが辛い。クオリティは高い作品ながら、この暗さに参ってしまう映画だった。