「アビゲイル」
期待のホラー映画、その期待を裏切らないめちゃくちゃ面白かった。吸血鬼映画はこうでないといけないと言う常道をしっかり抑え、それでいて今風にグロテスクで、それでいてユーモア満載の設定で楽しませてもらいました。ストーリーのオリジナリティも面白いし、ラスボス登場のダメ押しも上手い。映画の出来栄え以前に、これこそ吸血鬼映画だった。監督はマット・ベティネッリ=オルピン、タイラー・ジレット。
夜の大ホール、白鳥の湖が流れる中、一人の少女がバレエを踊っている場面から映画は幕を開ける。外にいかにも怪しい女がピストルを準備している。少女は踊り終わってホールの外に出て、高級車に迎えられて乗り込む。一方、怪しい女たちは他の仲間五人とワゴンに乗り、少女の車を追っていく。中には黒覆面、そして何やら注射器のようなものがある。
少女は巨大な邸宅に帰り、部屋に入り、電話をするが、事前に覆面の男たちが警備システムをハッキングして侵入していた。少女が異変に気がついた途端、男たちが襲い掛かり、一人の女が麻酔注射を少女にして、少女を連れ去る。父親らしい車が帰ってくるがまんまと逃走し、森の奥の巨大な邸宅に逃げ込む。そこへ彼らを雇ったランバートという男が現れ、身代金を要求する間、少女を監禁しておくように言って屋敷を去る。
少女を誘拐したのは衛生兵上がりのジョーイ、元刑事のフランク、サミー、リックルズ、ピーター、ディーンの六人だった。ジョーイは少女の監視役だが、幼い少女に絆されて目隠しを取ってやり手錠を楽にしてやったりする。ところが、酔っ払って地下室を彷徨いていたディーンが首を切り落とされて殺され、それをサミーが発見、フランクは何かおかしいと少女に詰め寄って父親の名を聞き出す。父親はラザールだという。
ラザールというのは都市伝説に語られる闇の帝王だった。その正体は不明だったが、恐れたフランクらはさっさと抜け出そうとするが、入り口は鉄格子になっていた。それを開けようとした途端、窓が全て閉じられ、外に出れなくなる。ラザールの手下の殺し屋にディーンが殺されたと判断し、少女に詰め寄るが、少女はアビゲイルという名で、フランクは父の部下の殺し屋だと言う。しかしそれも少女の知恵だった。
リックルズも無惨に殺され、残った四人はアビゲイルの部屋にやってくるが、アビゲイルは巧みに手錠を外し男たちに襲いかかる。なんとアビゲイルは吸血鬼だった。バレエ音楽にのせて踊りながら襲いかかってくるアビゲイルにメンバーらは必死に抵抗する。神出鬼没に襲ってくるアビゲイルに、サミーは噛まれてしまう。吸血鬼だからとニンニクや十字架を武器にするが効果はなく、杭を突き刺そうとするが反撃されてしまう。
地下のプールには大量の死体が沈められていた。フランクらは、麻酔注射は効いたことを思い出し、全員でアビゲイルを押さえつけて注射を打ち、エレベーターの格子の中に閉じ込める。アビゲイルはフランクたちをなぜ集めたかを語り出す。彼女の父ラザールに関わり、彼から金を奪ったり、裏切ったりしたから集めて狩りを楽しむことにしたのだと言う。
まもなくして、噛まれたサミーは吸血鬼になりピーターは殺されてしまう。サミーはフランクたちに襲いかかるが、すんでのところでジョーイが窓から差し込む太陽の光を盆で反射させると、大爆発を起こし死んでしまった。フランクはアビゲイルと取引し、家を出る方法を聞き出すが、直後アビゲイルは格子を破って襲いかかるが陽の光が差し込みアビゲイルは怯んでしまう。フランクは教えられた通りに書庫の本を動かすが、なんの反応もなかった。
ところが、突然書棚の奥の扉が開く。そこへ入って行ったフランクとジョーイは、ランバートと出会う。彼は自分も吸血鬼だが、アビゲイルとは種類が違うのだといい、自分の仲間になってアビゲイルとラザールを倒し全てを奪おうと提案する。フランクがそれを受け入れランバートに噛まれ、ジョーイに迫るが、突然ランバートに杭を打ち、彼を倒す。そしてフランクはジョーイに迫る。ジョーイはその場を逃れるが、そこへアビゲイルが現れフランクとバトルを開始する。そしてアビゲイルはジョーイに、一人では倒し得ないから協力して欲しいと頼む。
大バトルの末、ジョーイとアビゲイルはフランクに杭を打ち込み爆死させる。アビゲイルは約束通りジョーイを解放するが、そこへラザールが現れる。ラザールはジョーイを仲間にせんとするもアビゲイルに懇願され、ジョーイを見逃す。ジョーイは無事邸宅を出て車に乗り走り去って映画は終わる。
吸血鬼でバレリーナ、そして誘拐されてしまうという設定がとにかくコミカルで、そこへグロテスクな吸血鬼バトルが繰り返される。色彩を抑えた映像なので、血飛沫が真っ赤に染まらない工夫があり、それが映画の面白さに集中できてよかった。決して一級品の仕上がりではないものの、サスペンスホラーの面白さを堪能させてもらいました。
「スオミの話をしよう」
脚本はどこかで聞いたようなお話で、展開もオリジナリティに欠け、しかも締めくくりも平凡ですが、器用な役者を使って、おまかせ演技で描いた舞台劇という感じのエンタメ映画で、これはこれで楽しめる一本ではあった。とは言っても、演劇は役者で決まり映画は監督で決まるという言葉の典型的な作品で、カメラやカット割、演技演出に面白いリズムが今一歩見えず、映画としては普通の仕上がりだった気がします。監督は三谷幸喜。
大邸宅に一台の軽バンがやってくるところから映画は幕を開ける。この家は詩人寒川の邸宅で、昨日から行方不明の妻スオミの捜査のため、知り合いの刑事草野と後輩の小磯がやってきた。しかし、当の夫寒川は楽観的で、誘拐されたという実感は全くなかった。とりあえず、犯人からの連絡を待つ草野らだが、実は草野はスオミに元夫だった。さらにこの家の使用人魚山もスオミの最初の夫だとわかる。さらに草野の先輩刑事宇賀もやってきたが、彼もまたスオミの元夫だった。
大富豪なのにケチくさい寒川が話すスオミも、草野が話すスオミも、宇賀や魚山が話すスオミも皆、スオミの素顔は違っていた。寒川の編集者乙骨が社に戻った間に犯人から身代金の連絡が入る。三億円を二つのボストンバッグに詰めよというものだったが、寒川は二億五千万しか出さいないと言い出す。残りの元夫が金を工面しようとするが全く足りず、草野はあと一人元夫がいると言い出す。その男は詐欺まがいの仕事をしてきて、今はYouTuberで有名な十勝だった。
十勝がやってきて残りの五千万を出すことになる。そこに犯人から受渡し方法の連絡が入る。セスナ機で相模原上空からトランクを落とせというものだった。セスナを用意できるのは十勝のみで、彼の飛行機で飛び立つ。寸前でトランクからアタッシュケースに変更した寒川は、外の元夫と十勝の飛行機で現地へ飛び金を落とす。しかし、ケースの中は空っぽで、最初から金が入っていなかったとわかる。
これまでの経緯から、草野は、全て狂言誘拐だったのではないかと推理、犯人はスオミだと告げる。スオミは自宅のそばのホテルにいた。スオミは自由になる金を手に入れるために幼馴染で今は弁護士の友達薊と、編集者乙骨を巻き込んでこの計画を立てたのだと皆の前で告白する。そして、寒川に離婚届を書かせて、寒川の家を出ようとする。最後に草野に、離婚届を出すように依頼し車で去っていく。こうして映画は終わる。エンドクレジットで、キャスト全員がダンスをしてエンディング。
スオミの友達薊はそれぞれの元夫の前で別の役回りだったり、宇賀のパーティで、「太陽にほえろ!」のお遊びをしてみたり、上滑りのストーリーと目先の面白さだけを追いかけた展開で、途中までは楽しめるのですが、終盤が実に弱く、映画作品としては薄っぺらい今ひとつの一本になった。三谷幸喜が映画の演出を熟練者に任せ、脚本だけに参加すればもっといいものになった気がしますが、もはや全盛期を越えたのかと思わせる作品でした。