「ネットワーク」
オープニングからラストまで機関銃のようにセリフが応酬、そしてクローズアップの見事な演出に圧倒されてしまう作品だった。ロードショー以来だから四十年ぶりくらいの再見、名作ではあるが、個人的にはあまり好きな作品ではない。とは言っても、この迫力は空いた口が塞がらないほど恐ろしい。監督はシドニー・ルメット。
四つのテレビ画面、それぞれのキャスターが映されている。UBSのニュースキャスターハワード・ビールの番組は最近低迷が続いていたというナレーションから、番組担当の部長マックスが、二週間後の降板を伝えたというメッセージの後タイトル。マックスと旧友ハワードは酔い潰れている場面となる。そしていつものようにハワードのニュース番組が幕を開けるが、ハワードはその場で二週間後の降板と、一週間後に番組中に自殺すると公言する。
当然視聴率が跳ね上がり、マックスは危惧するが、UBSに資本参加してきたジェンセン率いるCCAが新社長として派遣していたハケットは、この好機を掴んで役員にのしあがろうとする。彼に番組進言したのは野心に萌えるダイアナだった。彼女はテロ組織の銀行強盗の模様を撮ったフィルムを手に入れていて、これをシリーズ化すべくテロ組織のメンバーと接触、動き始める。
一方、一旦降板を決めていたハワードだが視聴率回復による利益が見込めるとダイアナやUBSの会長も解雇したマックスを部長職にのこすことにする。そんなマックスにダイアナが近づいてくる。最初は仕事のパートナーとしての接近だったがやがてお互い愛し合うようになる。ハワードが預言者の如く扱われ、しかも突然意識を失うなど精神的に病的に見えていたマックスはハワードを自宅に泊まらせる。しかし、雨の日、パジャマにレインコートを着ただけで番組に出て、ハワードの言葉は視聴者を洗脳するかのように拡散していく。ハワード続投に反対するマックスはハケットらによって結局解雇させられるが、ダイアナを愛していたマックスは妻の元を離れダイアナと暮らし始める。
ハワードの言動は日に日に過激になり、ある時、CCAがアラブ資本に乗っ取られるという情報まで番組で暴露、視聴率は急降下を始める。CCAの会長ジェンセンは、ハワードを自宅に呼び、二人だけでハワードを洗脳するような言葉を与える。ジェンセンはハワード降板に反対し、ダイアナやハケットらは苦慮、マックスも、いつも仕事の話ばかりのダイアナに別れを告げて出ていく。
ハケットら役員たちがハワードの今後を検討、彼を暗殺させるという計画になってしまう。ダイアナは以前から付き合いのあるテロ組織のメンバーに依頼、この日、いつものように番組に登場したハワードは開巻早々テロメンバーに銃殺されて死んでしまう。それでも番組は続き、四つのテレビ画面が映し出されるショットで映画は終わる。
オープニングからラストまでけたたましくセリフが応酬し、そのやり取りは芸達者を集めただけあって圧巻。クローズアップを的確に挿入した映像演出も見事で、いつのまにかこの修羅場に放り込まれたような錯覚に陥ってしまう。二度目の鑑賞で、今に通じる見事な作品ではあるけれど、胸焼けしそうな鑑賞後感に沈んでしまう映画だった。
「ビッグ・ガン」
シンプルな復讐劇だが、実に面白い。カーチェイスありアクションありと襲いかかってくる殺し屋を次々と返り討ちにし、ボスの側近を倒していくのだが、その派手な展開がラストの静寂からのエンディングに見事に生きている。娯楽映画というのはこういうバランスで作らないといけないというお手本のような映画だった。監督はドゥッチョ・テッサリ。
息子の七歳の誕生日を迎え、パーティを開いている主人公トニーの姿から映画は幕を開ける。パーティを早々に辞してトニーは仕事に行く。彼はプロの殺し屋でニックとクチッタというボスの組織の元にいた。そして手際よく仕事をこなしたトニーだが、息子の手前もあり足を洗う決心をしてニックに話に行く。しかし、いい返事はなく、一応聞いておくと答えられる。そして、あまりに内情を知りすぎているトニーを生かして置けないというのが組織の幹部の総意となる。
翌日、妻が息子のカルロを学校へ送って行こうと車に乗るがエンジンがかからず、トニーの車を借りることにする。トニーは2階からに送ろうと見ていたが車が突然爆発、妻と息子が死んでしまう。故郷から神父のドン・マリアノ、弟分のドメニコが駆けつけるも慰めにならなかった。葬儀を終えたトニーが出てくると、殺し屋がトニーに発砲してくる。トニーは車で追いかけ撃ち殺してしまう。その後も、次々とニックが贈った殺し屋に狙われながら、返り討ちにしていくトニー。
ミラノに戻ったトニーはドメニコが見つけてくれたアパートに身を隠す。次の標的は、コペンハーゲンで幹部たちが集まるという情報で大立者グルンワルドらを殺しが自らも負傷してしまう。トニーは同郷のデンニーノに助けられる。その頃、ドメニコがトニーのアパートを白状させられ殺された。アパートにやってきた幹部クチッタの部下は部屋に身を隠していた幹部カーレの情婦サンドラを見つける。そこへトニーから電話が入るがサンドラの受け答えで異変に気づいたトニーは先手を打ってクチッタの家に忍び込みクチッタを殺してアパートに引き返してサンドラを救出する。
トニーはサンドラを連れて故郷へ戻ってくる。ニックは次々と仲間が殺されていくので、これ以上は無意味と考え、トニーと和解することを提案、ドン・マリアーノを仲介にしてもらって、自身の娘の結婚式に招待して手打ちにしようとする。しかし実は、あらかじめデンニーノに、クチッタの縄張りを与える代わりにトニーを殺すようにと計画していた。
無事結婚式を終え、外に出たトニーに、デンニーノが車で近づいてくる。結婚式では何事もなくすっかり油断したトニーがその車に近づくとデンニーノはトニーを撃つ。こうして映画は終わる。
単純な展開ながら、カーチェイス、アクションなど多彩な見せ場の連続で、しかもカメラアングルが工夫されていてどれも面白い。ラストのどんでん返しも的を射たスパイスになっていて実に楽しめるエンディングになっています。娯楽映画はこうでないといけないという作品だった。
「雨の訪問者」
なんとも迷宮に入り込んだような目眩くストーリー展開が、シンプルなサスペンスなのか、主人公の幻想の世界なのか、現実と空想が入り乱れたファンタジーのようなミステリー作品でした。監督はルネ・クレマン。
雨の中バスが走っている。そこに不思議の国のアリスの言葉がテロップに出たあと、雨の日、母の家で外の景色をぼんやり見るメリーの姿になって映画は幕を開ける。マルセイユから来たバスが止まるが赤い鞄を持った一人の男が降りてくる。思わずメリーは目を逸らす。メリーは翌日出席する結婚式に着る服を買いに友人のニコールの店に行く。試着していると、外でさっき見た男が覗いている。メリーは服を買い一人自宅に戻るが、突然、ストッキングを被ったさっきの男が現れメリーをレイプする。メリーが気がつくと男はいなかったが物音がするのでショットガンを手にして地下室へ行くとそこに男がいたので発砲、男は死んでしまう。
メリーは警察に連絡しようとするが躊躇い、男の死体を車に乗せる。途中、刑事の友人のトゥーサンと出会うが疑われなかった。メリーは死体を崖から突き落とし自宅に帰る。深夜、夫のトニーが帰ってくる。トニーはパイロットだった。翌日、メリーとトニーは結婚式に出席するが、そこで、海岸で死体が発見されたという記事の載った新聞が回ってくる。メリーが振り返ると不気味な男が立っていた。パーティでその男はメリーをダンスに誘う。そして殺したことを問い詰めてくる。男の名はドブスと言った。
トニーはまた次のフライトに出てメリーは一人になるが、ドブスは執拗に接近してきて、男のことを聞いてくる。そして赤いバッグの行方を聞いてくる。駅の手荷物預かりにあるのではないかとドブスがいったのでメリーは手荷物預かりで赤いバッグを見つけて盗んで戻ってくるが中に何もなかった。しかしメリーの住所が書かれたトニーの写真があった。ドブスは鞄には六百万ドル入っていたのだという。メリーは、金のありかを探すが見つからない。どうやらトニーは何かの密輸に関与しているらしかった。たまたま、母がメリーの車のトランクを開けて、中に赤い鞄を見つける。それが本当の鞄だった。
ドブスは、海岸で発見された死体の男の愛人が犯人として疑われているのだという。メリーは、鞄の中の金を取りだす。そして鞄をドブスの目の前で崖から捨ててしまう。メリーは疑われている女性の身元を調べて、パリまで会いに行く。そこで、姉だという怪しい女に会い、その仲間の男たちに拷問される。そこへ、ドブスが現れメリーを救出して戻ってくる。ドブスが何度聞いてもメリーは人殺しはしていないと言い張る。
家に戻ったメリーに、自身の差し出しで封書が届く。メリーは金をパリから自宅に郵便で送っていた。海岸で溺死体が発見される。それこそドブスが探していた男だった。その男の手に、メリーのスカートのボタンが握られていたが、ドブスはそれを自身のポケットに隠す。ドブスはこの男を探しにきて海岸で別の男の死体を発見してしまったらしい。
メリーはこの日もトニーを空港まで送ることになっていた。ドブスはスカートのボタンをメリーに手渡す。走り去るメリーの車を見送ったドブスは持っていた胡桃をガラスに投げる。ガラスが割れたら愛している証拠なのだと、メリーと会った時に話した。そしてこれまで割れなかったガラスがこの時は割れる。こうして映画は終わる。
目眩くストーリー展開で、メリーは絶対に殺してないと言い張り、ドブスはあちこちの証拠や状況を突きつけてくる。トニーも何やら後ろめたいことをしているかの描写もあり、メリーの幼い頃のトラウマ的な場面も挿入される。ラストは粋で鮮やかながら、どこへ行くのかというめくるめくサスペンス展開がなんとも不思議な作品だった。