「正体」
最初に気になった点ですが、原作もあるのでわざとなのかもしれませんが、主人公鏑木の背景の家族の描写が全くない。それが作劇にプラスになっているのなら構わないのですが、生身の人間感が希薄になってしまって、なぜここまで逃亡劇を繰り返すのかのリアリティが見えなかった。それに、きっかけになる警視総監らしい警察トップの態度、それと主人公を取り巻く脇役が実に弱い。ここを抑えないと主人公が浮き上がらないが、そのとっかかり、配役がちょっと残念。物語の展開や畳みかけは流石によくできた脚本なのですが、細かい部分で手を抜いた感があって、今一つこちらに鬼気迫るものが物足りなかった。監督は藤井道人。
一家惨殺事件を起こした鏑木慶一に関わった人たちに対峙する、彼を追う刑事又貫征吾の姿から映画は幕を開ける。刑務所で自らの喉に何かを突き刺し吐血して救急車に乗せられる鏑木。ところが途中で職員を倒して逃亡する。そして、自分の姿を大きく変えて建築現場で働く。そこで出会った金髪の野々村と親しくなるが、野々村は接している男が指名手配犯鏑木だと気がつき警察に連絡しようとする。しかし、怪我をしたのに野々村のために身を持って金を作ったりしてくれた鏑木が、殺人犯と思えなかった。
姿と名前を変え、フリーのライターで生活する鏑木はこの日も出版社で担当の安藤に記事を提出していた。期日も守るし文章も的確な鏑木の記事に安藤は信頼を寄せる。ある日雨の中行き場を失っていた鏑木を見つけて家に泊めるようになる。安藤の父は高名な弁護士だったが痴漢の疑いをかけられた裁判の末結局冤罪のまま有罪となってしまった。そんな安藤に三流ジャーナリストが近づき、同居人が鏑木だと気づき警察に連絡、又貫らが踏み込んでくる。すんでのところで安藤が又貫の銃に飛びついた拍子に鏑木は再び逃走する。
鏑木は諏訪市の介護施設で名前も姿も変えて働いていた。そこには、鏑木が有罪になるきっかけになった一家惨殺事件の唯一の目撃者の祖母由子がいた。しかしPTSDの治療で記憶が全くなく、鏑木はあの日の真相を思い出してほしいと事あるごとに問い詰めていた。そんな時、同様に惨殺事件が起こり犯人足利が逮捕される。模倣犯だと世間は噂したが、足利は鏑木の事件も自分がやったと仄めかす。実は鏑木逮捕の裏には、早急に犯人逮捕しろという警察上層部の指示が又貫にあったのだ。又貫は言われるままに唯一の目撃者を誘導するような証言を引き出して鏑木を逮捕したのである。
介護施設で鏑木の後輩酒井は、地元の案内に連れ出した際鏑木の動画を撮りSNSにアップ、その結果鏑木は警察などに発見されることになる。鏑木は、由子に証言を取るべく、酒井を人質に立てこもり、酒井のスマホで由子の証言を配信しようとする。そして由子が微かに足利が真犯人であるかを語った直後警察が突入、鏑木は又貫の部下に撃たれて倒れる。安藤は鏑木に関わった野々村や酒井に連絡を取り鏑木の冤罪を晴らすべく動き始める。
又貫は記者会見で鏑木は誤認退避だったと発表し、再捜査されることになる。又貫は介護施設で鏑木を逮捕した後鏑木に面会に行き、なぜ逃亡したのかを聞く。鏑木は、人を信用したかったと答える。結果、誤認逮捕の発表となったのだ。後日、鏑木の再審判決、無罪が言い渡される。こうして映画は終わる。
おそらく原作はもっと書き込まれているのだろうが、映画という限られた時間に映像として昇華させるにあたり削除された部分がちょっと誤ったのか、そこを映像で補填すべきが演出が間に合わなかったか、もっと奥の深さを感じさせるべきお話なのにどこか薄っぺらく感じてしまうのはちょっと勿体無い映画だった。
「アングリースクワッド公務員と7人の詐欺師」
映画スレしてくるとこの手のどんでん返しは最初から見えているので、今更目新しさも感じないが、どこを削除してどこをどう見せるかで、傑作が凡作かが別れるという理屈めいた感想になります。その意味でこの映画は普通に面白かったけれどそれ以上でも以下でもなかった。韓国ドラマの焼き直しゆえかかなり目先ばかりを見せる脚本に仕上がったのはちょっと映画としては今一つ。所長の存在をくどくどラストに出したのも、あざといネタわれシーンもクライマックスのキレをぼやけさせてしまったのは勿体無い。省くべきは省いてマコトの背景をぐっと出すべきだったと思います。監督は上田慎一郎
刑務所からマコトが刑期を終えて出てくるところから映画は幕を開ける。反射ミラーに映る車を見て、柵を乗り越えて別の道へ行く。待ち伏せしていたらしいヤクザものみたいな男たちが悔しがって、一方マコトは待っていたバイクに乗って去っていく。税務署の職員熊沢は、妻から新車の購入をせがまれていて、中古車サイトから熊沢が電話をする。出たのはマコトで、マコトは、中古ディーラーの男と熊沢の間に立って金だけ振り込ませてしまう。なんともしょぼい詐欺シーンのオープニングは子供みたいな展開である。
詐欺だと気づいた熊沢は、刑事をしている友人八木に相談、八木は犯人はマコトという詐欺師だと突き止め、マコトを二人で張り込んでいた。八木が車を離れた時、突然熊沢の隣にマコトが乗り込み、金を返すから忘れてくれという。そして、熊沢が追っている橘という脱税王から金を取る手助けが欲しければ連絡をくれと去っていく。実はこれに先立ち、熊沢と相棒の望月は橘の演説会場に行き、いきなり脱税を問い詰め、橘に睨まれていた。これもまた雑なシーンである。橘は税務署長安西とも関係があり、望月は国税庁栄転が決まっていたが反故にされていた。熊沢は橘に謝罪を要求され屈辱的な謝罪をしていた。
熊沢は、マコトに橘を詐欺にかけることを相談に行く。そして土地取引で14億を取り上げる計画となる。マコトは詐欺仲間を募り、架空の土地取引のために熊沢にビリヤードで橘に接近させ、うまく土地取引に引き込む。いわゆる地面師詐欺だがここも雑。そんな熊沢を安西が怪しみ、望月を使って監視させ始める。実は熊沢の同僚は以前橘の脱税を調査していて税務署を退職させられ、その後自殺した経緯があった。橘はすっかり熊沢の話を信用していくが、念の為仲介の不動産屋の名前を調べて偽物だとわかり、取引日に逆に熊沢らを捕まえようて仲間を集める。ここも実に雑。
やがて土地取引本番日、橘は司法書士の神野を連れ現金14億を持参して現れる。そして契約が進む。マコトや弁護士に扮した五十嵐らもやってきてまず現金を精査し始める。駐車場で待っていた熊沢は橘の部下が大勢乗り込んできたのを見て、バレたことをマコトに連絡する。契約直前、機転を効かせたマコトが今日は日が悪いと日程を変えようとするが、橘は強引に駐車場で追い詰め、神野が警察に連絡しマコトらは逮捕されてしまう。
ところが、橘が金を持って帰ろうとすると、中身は全て偽札に変わっていた。取引場所に戻ると、現金を精査する機械の下に穴が空いていて、全て入れ替えられていた。しかも、警察の車も偽で、八木が協力していた。八木も熊沢の同僚の友達だったのだ。マコトたちが金を前に祝杯しているとバイクに乗って五十嵐が現れる。彼女も仲間で、以前から橘に取り入っていた。しかもマコトの母だった。マコトの父は橘に図られて刑務所にいた。全てマコトが橘への復讐のため最初から計画したものだった。
五十嵐は橘の裏帳簿も手に入れ、それを熊沢に渡す。そこには安西と橘の癒着の証拠もあった。望月は安西に、橘から追徴税を取るように追い詰め、熊沢は、屈辱を受けた仕返しのため橘の会社に行き、税務署員として追徴税徴収した旨を豪語して映画は終わる。
大筋は面白いエンタメだが、細かい部分をなおざりにした雑な脚本で、結局、薄っぺらい凡作のサスペンスで終わった仕上がりでした。もうちょっと練り込んで書き上げればもっといいものになるのに、演出も脚本も力不足が露呈した一本でした。