くらのすけの映画日記

大阪の社会人サークル「映画マニアの映画倶楽部シネマラムール」管理人の映画鑑賞日記です。 あくまで忘備録としての個人BLOGであり、見た直後の感想を書き込んでいるので、ラストシーンまで書いています。ご了承ください

映画感想「いつでも夢を」「あすの花嫁」「モアナと伝説の海2」

「いつでも夢を」

もっとゆるい歌謡映画かと思っていたら、思いの外良かった。ささやかな幸せを求めるという素朴な夢を忘れがちな自分たちの目を覚させてくれる秀作でした。カメラワークも心地よいし、橋幸夫浜田光夫吉永小百合らのキラキラ光るスター性もとっても楽しくて、脚本は少々雑ではあるものの、散りばめられる小さなエピソードに勇気づけられてしまいました。いい映画だった。監督は野村孝。

 

町工場の工員達が大挙して診療所に押し寄せてくる。目当ては医師である父と一緒に来ている看護婦の三原ひかる、通称ピカちゃんだった。工員の一人木村勝利は彼女と定時制高校で机を並べる友達同士だった。一方トラックの運転手岩下留次は、飛び出してきたひかると父親の自転車に罵声を浴びせてしまうが、実は飛び出してきた看護婦こそ、さっきまで同僚と噂していたピカちゃんだと知る。

 

気立ても良くて明るく、しかも美人というピカちゃんに留次も惹かれていき、勝利とライバル関係になることを公言する。ピカちゃんは、孤児だったが、三原医院の医師に拾われここまで育てられたのだ。勝利には母を捨てて四年前に出て行った父がいて、一山当てようとするあまりここしばらくは帰ってきていなくて、勝利はそんな父を父と思っていなかった。そんな父が最近帰ってきてるという噂を聞く。母や弟は父の帰りを望んでいたが勝利は反対だった。

 

勝利は一流企業へ就職するのが夢で、とうとうそのチャンスが来て面接を受ける。しかし定時制高校というのがネックになり結局落ちてしまう。自暴自棄になる勝利をピカちゃんや留次も必死で宥めようとするが、なかなか聞き入れられない。そんな折、勝利の父が交通事故にあって入院してしまう。勝利やピカちゃんらが病院に行く。

 

ぎこちないままも、勝利は父を受け入れることを決意し、ピカちゃんらに見送られて工場の残業に向かう。留次とのピカちゃん争奪戦も再開し、微笑ましい未来が見えて映画は幕を閉じる。

 

悪人はどこにも存在せず、しかもしっかりと描かれた様々なエピソードの折重ねが実にしっかりできています。娯楽映画ではありますが、当時の観客がこういう映画を見て明日を夢見たのだろうと思うと胸が熱くなってしまいました。

 

 

 

「あすの花嫁」

壷井栄原作らしい小豆島を舞台にした叙情的な青春ストーリーがとっても爽やかで楽しい作品だった。美しい景色と、純粋な物語がとっても良かった。監督は野村孝。

 

小豆島、汐崎百合子が、短大に向かうべく荷造りをしているところへ幼馴染の佐伯宇太郎がやってくるところから映画は幕を開ける。百合子の母フヨも藤蔭短大の卒業生で、娘を入学させるのが夢でもあった。実は母は、学生時代この学校の教師大井川と恋愛関係になり、結局引き離された過去があった。

 

百合子は短大で学生生活を始め、やがて十糸子という友達もできる。ある日、宇太郎のオリーブ園に東京の出版社が取材にやってくる。その男は汐崎の家を訪ねてくる。実はこの男が大井川だった。汐崎の家に来てフヨと再会した大井川だが、彼は妻と死別していた。フヨも夫と死別していたこともあり、二十年前の恋が蘇ってくる。その後も頻繁に大井川からフヨに手紙が来るようになる。

 

一方、十糸子の母は亡くなって、今の母は父の妾だった人だったので十糸子は家庭が嫌だった。ある日、小豆島に遊びに来た十糸子は、百合子、宇太郎としばらく過ごすが、宇太郎と十糸子が親しくされると百合子は自分に嫉妬心が生まれているのに気がつく。盆踊りの夜、雨が降ってきて雨宿りをした際、宇太郎は百合子を抱きしめ、自分の気持ちを伝えるが百合子は逃げてしまう。やがて十糸子は帰るが間も無くして自殺未遂を起こしたと電報が入る。

 

百合子らは神戸に駆けつけるが、一命を取り留めた十糸子は、大丈夫だと百合子に微笑みかける。仕事できていた宇太郎と小豆島へ戻る前、宇太郎は百合子に大井川を引き合わせる。しかし百合子は複雑な思いだった。それでも小豆島へ戻る百合子は、母に夫婦茶碗を土産にする。さらに宇太郎とも夫婦茶碗を購入、盆踊りの夜の宇太郎の百合子への思いに答える。こうして全てが丸く収まって映画は終わる。

 

全てうまく行くという甘さをどう考えるかはともかく、映画全体は丁寧にしっかり仕上がっているのはやはり脇役陣に重鎮が揃っているせいだろう。流石に映画黄金時代は、こういう娯楽映画でもこれだけクオリティがあるというのを実感する一本だった。

 

 

「モアナと伝説の海2」シメアタウタイ、フェティモファナ

美しい映像と楽しい楽曲、シンプルな展開とディズニー色満載のエンタメ映画でしたが、ストーリーがややくどくどして入り組んでいるので、やりすぎ感がないわけではない映画でした。でも始まってからラストまで一気に見ていられる作劇の面白さは流石にディズニーブランド楽しかった。監督はデイブ・デリック・Jr.、ジェイソン・ハンド、デイナ・ルドゥー・ミラー。

 

森の中を駆け巡るモアナの姿から映画は幕を開ける。壮大な冒険の末に島を救って三年、妹シメアも生まれて大人になったモアナは外界の島や海へ出かける日々を送っていた。今日訪ねた島で、新しい世界の可能性を見出す品物を発見して島に戻ってくる。かつて人々は海でつながって一つだったが人間を憎む神ナロによって引き裂かれていた。しかし海の果てにあるモトゥフェトゥという島に辿り着けば世界は再び一つになると言われ、モアナの先祖タウタイヴァサが臨んだが目的を達せられなかった。

 

村長は、モアナにタウタイの称号を与え、島を救うように依頼する。その儀式の途中、雷がモアナを討ち、クウタイヴァサが現れ、楽しまと繋がらないと村の物語が終わると告げる。モアナは島の未来を切り開くために冒険に出る決意をすする。村の仲間達を集い。半神のマウイを仲間に加えたモアナは海に沈んだというモトゥフェトゥの島を目指す。

 

しかし、沈んだ島の周りには邪神ナロの強大な嵐が取り囲んでいた。モアナやマウイの活躍で見事嵐を乗り切ったモアナは、マウイの神の釣り針で島を引き上げようとするがナロの力で神の刺青が消されてしまう。しかしモアナは別の道があると信じ、海に潜って自らモトゥフェトゥに触れるが、ナロの雷撃で気を失ってしまう。

 

マウイはモアナの元に行き、歌を歌うとモアナの先祖達が現れ、モアナは息を吹き返す。刺青も戻ったマウイは神の釣り針で島を引き上げ無事モトゥフェトゥの島を元に戻してナロの呪いを解く。様々な島の人々達も集まり、平和が訪れる。しかし、モアナの活躍を良しとしないナロは、ここからが始まりだと次の画策を考えている場面で映画は幕を閉じる。

 

ポリネシア伝説を交えて、少々とっかかりがややこしく、本編に入りづらい上に、モアナの周辺のキャラクターが活躍不足で今ひとつ魅力に欠けているのはちょっと勿体無い。ディズニーアニメらしい大画面を生かした美しい映像と楽しい歌の連続が時間を忘れてワクワクするのだが、それ以上の広がりに今回はややかけた気がしました。それとシリーズ化は勘弁してほしい。