くらのすけの映画日記

大阪の社会人サークル「映画マニアの映画倶楽部シネマラムール」管理人の映画鑑賞日記です。 あくまで忘備録としての個人BLOGであり、見た直後の感想を書き込んでいるので、ラストシーンまで書いています。ご了承ください

映画感想「渦巻」「インタビュアー」

「渦巻」

ジョージア映画祭の一本。なんと感想して良いものかという映画だった。芯の話があるのかと思えば、物語はある家族の話や往年の大女優の話に飛んでいくし、実験的な事をしているシーンもあるし、とうとう居眠りしてしまった。監督はラナ・ゴゴベリゼ。

 

言葉を発しない映像で何が語られるかという実験をしているかの映像。かつての大女優マナナの姿から、ある家に招かれて、食事をし、全盛期のセリフなどを披露する。帰り際にお金を借りたいと申し出て、なけなしのお金を手に入れて家に帰る。

 

車の整備をしている青年は友人と話をしながら近くモスクワに行くかのように話している。サロメという友達がいるが恋人とは言えないまでもお互いに気持ちが通じている。

 

病気の母を見舞いに父と娘アンナが病院にやって来る。この父親は冒頭でマナナが招待された家に主人だった。隣のベッドに何故かマナナがいた。先日事故でマナナは足を怪我した。間も無くして病気の母は亡くなってしまう。

 

そんなそれぞれの家族や人間のドラマが交錯し、時に冒頭の実験をしているカットが挿入されて、とうとうに壁の場面で映画は終わる。

 

というお話だったように思いますが、途中睡魔に襲われて、この映画が評価される理由は結局つかめなかった。もう一度見ればわかるかもしれないが、もう一度見ようという気持ちにもならない作品でした。

 

「インタビュアー」

過去と現在、現実と幻想を織り交ぜながら、細かいカットの繰り返しなどを多用した凝った映像演出がちょっとした面白さを生み出している作品で、一人の女性の周り、家族のドラマをリズム感豊富に作り出して描く様が楽しい作品でした。監督はラナ・ゴゴベリゼ。

 

ジャーナリストのソフィコが、ある女性のインタビューをしている場面から映画は幕を開ける。その女性から、子供の有無や結婚の有無を聞かれて場面はソフィコの家族のシーンになる。夫のアルチル、娘エカ、息子サンドロと暮らすソフィコだが、年老いた母も同居している。近くだろうかこれも年老いた叔母たちも住んでいて時々顔を出す。市場に行けば、買い物をしたり、通り道で相棒のカメラマンイクラリーと次の取材をしたりして忙しい日々である。

 

飛び回って仕事をしている妻に若干の寂しさを覚えているアルチルだった。学校の運動場の隣地に建物が建てられるという苦情の記事を取り上げてみたり、様々な人々のトラブルや問題にも首を突っ込むソフィコは、家庭や家族を顧みる暇もない忙しさである。ソフィコは責任編集者に昇進する話が出るが、記者として飛び回る方がいいと断る。しかしアルチルは家に落ち着いてもらえないソフィコに不満を漏らす。ある日、バスに乗っていて公園でアルチルを見かけて降りたのだが、アルチルは知らない女性と手を組んで歩き始めたので、ソフィコは知らないふりをしてまたバスに乗る。

 

その日以来、お互いの接し方にどこか冷たいものが目立ち始める。ソフィコは、自身を着飾って派手な姿でアルチルとデートしてみたりするが溝が埋まる風にはならなかった。ソフィコはイクラリーの家を訪ねる。イクラリーは壁の改装をしていて、散らかった部屋にソフィコを座らせるが、ソフィコは傍に自分を撮った写真を発見する。彼はソフィコに惹かれていた。疲れて眠ってしまったソフィコをカメラマンはじっと見つめて微笑んでしまうが、目を覚ましたソフィコは時間を聞いてそそくさと帰ってしまう。

 

家に戻ると、母は危篤でベッドに横たわっていた。駆けつけたソフィコを抱きしめる母、場面が変わり葬儀の場面か、叔母に抱きすくめられるシーンか、かつて母が戻ってきた頃の若いソフィコの姿も繰り返される。ソフィコはアルチルとかつて暮らした川沿いの家のそばの道を歩く。子供達が迷子になった犬が見つかったと言われてその家に行くが、出てきた犬は違っていて娘は号泣。新しく踏み出す事を決意し、颯爽と街を歩くソフィコの姿で映画は終わる。

 

カット割がリズミカルで、聞き慣れた音楽なども使って、なかなかテンポのいい作品に仕上がっているのが楽しい映画でした。