「ゴールドフィンガー 巨大金融詐欺事件」
典型的な香港映画の作りで描く荒唐無稽でジェットコースターのようなバブル期映画という一本。いきなり怒涛のように主人公チンが出世し、対するラウが敢然と対峙し、あれよあれよと金と犯罪、そして正義が入り乱れて後半は次第にドラマ性を帯びてくる。一級品のクオリティなど求めずにただ見せ場を連続させてエンタメを貫いた構成がとにかく楽しい。これが香港映画、面白かった。監督はフェリックス・チョン
大海原を写すカメラから、寂れた船の船倉で空を見上げるチンの姿から映画は幕を開ける。その日の暮らしもままならないチンは土木技師だったが、ふとした失敗で文無しになって香港へ流れてきた。技師の仕事を手に入れようと応募するも事務職だけだと追い返される。そんなチンにツァンという男がバイトまがいの仕事を提案する。ツァンが売ろうとしている不動産をンという人物に高く売るために、マレーシア人になって買手を偽装するというものだった。首尾よくこなしたチンの手腕に目をつけたのはンだった。
一方、警察組織とは別に汚職対策独立委員会ICACを立ち上げた政府は警察との確執の中、エリート捜査官ラウを筆頭に、汚職犯罪撲滅に動き始める。
チンはさまざまな人脈を築き上げ、持ち前の才覚でみるみる有能な人材をかき集めて嘉文世紀グループという大企業を作り上げていく。折しも世界は1980年代株式ブーム、嘉文世紀グループは株式を操作しながら資金を拡大してさまざまな産業を手中にして香港のみではなく海外にもその関連会社の組織を築いていく。そんなチンの所業に疑念を持ったラウはチンを逮捕起訴するべく敢然と嘉文世紀グループに向かっていく。しかし、逮捕しては見事にすり抜けていくチンの姿にラウは毎回煮湯を飲まされる。仕事に没頭するあまり家族とも溝ができるが、なんとか食事の計画を立てて家族共々出かけた車に何物かの車が突っ込んできてラウを始め家族が怪我をしてしまう。そんな状況でラウの妻はチンを捕まえるまで家に戻らなくていいと背中を押す。
チンは、自身の片腕ともいうべきメンバー全員が勾留されても、全て釈放させ、さらに極秘裏に命を奪って自身の保身を図っていく。折しも世界でバブルが崩壊して株価が大暴落を始めるが、チンの会社は打撃を受けているはずなのにチンは平然としていた。ラウはチンの財務状況を徹底的に調査し、東南アジアの一人の人物に焦点を当てていく。時が流れチンを捜査し始めてから十五年の月日が流れていた。ラウはチンに食事に誘われ、出かけたホテルで、もうそろそろいいのではないかと持ちかける。二人とも頭に白いものが目立つようになっていた。そして、この日の公判でチンの代理人は起訴内容全てを受け入れると答える。ようやく、結末を迎えたラウの顔に微笑みが浮かぶ。こうして映画は終わる。
一人の男のがむしゃらな出世譚と彼を追い詰める正義を貫こうとする捜査官の間にいつのまにか生まれた男と男の絆、そしてラストにどこか胸が熱くなるような友情のドラマは、さすがに見せてくれます。よくできた娯楽映画だった。
「リアル・ペイン 心の旅」
詩的で美しい画面作りと、シンプルなストーリー、機関銃のように繰り返される台詞の応酬、親しくて遠い二人の人生の歴史、その中に盛り込まれたユダヤ人の悲劇の歴史、とにかく考えれば考えるほど重層的で奥の深い作りになっている映画ですが、ナチスのユダヤ人迫害をテーマにしたちょっと頭でっかちの知的な映画感が少し鼻についた。監督はジェシー・アイゼンバーグ。
空港で待っている一人の男ベンジーの姿から映画は幕を開ける。デヴィッドが電話をしながら家を出てタクシーに乗って空港に向かう。デヴィッドとベンジーは従兄弟同士で、彼らの祖母が亡くなり、祖母の招待で祖母が暮らしていたポーランドへ向かうため空港で待ち合わせていた。終始デヴィッドはベンジーに電話をしているが一向に返事がなく、やがて空港に着いてしまう。
ワルシャワについた二人は、ポーランドツアーのコンダクタージェームズと会い、他のツアー客と一緒にツアーを始めるが、何かにつけて自分の意見を真っ向から話すベンジーにデヴィッドは気が気でなかった。自分勝手にどんどん進んでいくベンジーだが、その所々に真実が見え隠れするところもあり、ツアー客の面々も次第にベンジーに翻弄されながらも共感していく。ベンジーは半年ほど前に薬物で死にかけたことがあり、その姿を今もデヴィッドは思い出すのだった。
墓地ではベンジーはユダヤ式にあいさつの石を置くように提案し、ジェームズがする形式的な説明よりも触れ合うことを提唱、ワルシャワ蜂起の銅像では同じく兵士の真似をしてツアー客らと写真を撮ったりする。列車で移動する際、ベンジーらは乗り越してしまい、デヴィッドを巻き込んで無賃乗車で元の駅に戻ったり、ホテルの屋上でハッパを吸ったりする。マイダネラの強制収容所も見学に行く。夕食の際、苦心の末成功した先祖の話などに話題が進むと、ベンジーは不快感をあらわにした発言をして席を立ち、デヴィッドはその場を取り繕う。
デヴィッドたちは、最後に祖母の家に立ち寄るため、ツアーから一足先に離れるが、別れ際、みんなと抱擁する。二人は祖母の家を訪ねるが、平凡な家だった。ベンジーは若い頃に祖母にビンタされたことをデヴィッドに語る。玄関先にユダヤ人の風習で石を置くが、向かいの住人に、住んでいる高齢者がつまずくと言われ取り除く。二人はニューヨークに戻ってくる。ベンジーにいつの間にか親しみを覚えてきたデヴィッドは、かつて祖母がベンジーにしたようにビンタをし自宅に誘うが、ベンジーは空港でしばらく過ごすと断る。デヴィッドが家に帰ると愛娘と妻が出迎える。空港で、冒頭のシーンと同じく待合室に座るベンジーの姿で映画は終わる。
淡々と流れる物語のセリフの端々に、ベンジーのこれまでの過去、ユダヤ人の歴史などを散りばめた脚本が秀逸で、いい映画だとは思うものの、日本人にはちょっと入りにくい部分もあって、胸に迫るほどの作品とは感じられなかった。

