くらのすけの映画日記

大阪の社会人サークル「映画マニアの映画倶楽部シネマラムール」管理人の映画鑑賞日記です。 あくまで忘備録としての個人BLOGであり、見た直後の感想を書き込んでいるので、ラストシーンまで書いています。ご了承ください

映画感想「グッドナイト&グッドラック」「ステラ ヒトラーにユダヤ人同胞を売った女」「映画を愛する君へ」

「グッドナイト&グッドラック」

テレビ報道のシーンを中心に、緊迫感あふれるモノクロ映像で淡々と描いていく社会派作品でした。1950年代のマッカーシー上院議員赤狩り政策に敢然と立ち向かったCBSのニュースキャスターたちの物語ですが、少々製作者自身の主義主張が前面に出過ぎた気もします。しかし、バストアップ以上のカメラアングルを徹底した演出は見事。ひたすら会話劇であるにも関わらず、ストーリーテリングもしっかりできていてなかなかの秀作だった。監督はジョージ・クルーニー

 

1958年、CBSのニュースキャスターエドの感謝会の場から映画は幕を開ける。そして彼はその場で1953年から行った、マッカーシー上院議員による赤狩り政策への問題定義と糾弾さらにニュース番組のあり方を語り始める。

 

1953年、マッカーシー上院議員は国内の共産主義者を徹底的に排除すべく、赤狩りとも呼べる活動を強行的に実践していき、共産主義者かどうかという根拠の有無にかかわらず、排斥していくが、ともすると、単にマッカーシー上院議員の敵となる人々を共産主義者とする行動も見られた。世間が報復を恐れて沈黙を貫く中、CBSの人気キャスターエド・マローとプロデューサーフレッド・フレンドは議員の虚偽と策謀の事実を追求していく。

 

地方新聞に小さく載せられたある中尉の共産党員だったとした強制退官に疑問を持ったエドたちは、その根拠の希薄さから、マッカーシー上院議員に迫っていく。当然、上層部への圧力も考えられたがCBS会長は、常にエドたちの味方となって、報道を進めていく。マッカーシー上院議員からの反論も当然あったものの、エドたちの追求に、次第にその存在感が薄れ、ついに上院での諮問委員会にマッカーシー上院議員が召喚されるまでになる。その過程で、エドたちの同僚の記者が自殺する事件なども起こる。結局、エドたちの番組は日曜枠に変更され、残る五回を最終とするべく通達される。そして冒頭のシーン、あくまでニュース報道は、真実を正しく訴えるべきであると演説して映画は終わる。

 

少々、メッセージ性が前面に押し出してくる感がやや圧迫感さえ感じるけれど、絵作りは一級品だし、コンパクトにまとめた脚本もうまい。シャープなモノクロ映像がかえって緊迫感を生む結果になったのも成功だった気がします。

 

 

「ステラ ヒトラーユダヤ人同胞を売った女」

雑な脚本と手持ちカメラを振り回すだけの品のないカメラワーク、ダラダラとしたストーリー構成で、とにかく長くてしんどく感じる映画だった。しかも、主演の女優パウラ・ペーラへの演出がいかにも身勝手で頭の悪い女として徹底して描いているために映画が安っぽく見えて薄っぺらい。それぞれのキャラクター分けも十分できていないくて、人物関係が見えづらい。ナチスも悪だが、ユダヤ人側にも悪を生み出してしまったというメッセージは見えなくもないが、いかにも安っぽい映画だった。監督はキリアン・リートホーフ。

 

ジャズシンガーを目指すステラは今日もドレスを選び仲間たちと歌っている場面から映画は幕を開ける。ステラは自分こそ一番という能天気で頭の悪い単純そのものの女性で、人の迷惑とか心情とか全く感知せずに好き放題に振る舞っている。時は1940年、ナチスによるユダヤ人迫害が始まっていたが、ステラはなんの危機感も持たず、日々を送っていた。

 

三年後、ステラは工場で働き、ステラは音楽仲間の男性と結婚したが、本来の身勝手さから夫婦関係は冷めていた。ステラは、自由に遊びまわりたくてドイツ人将校と親しくなったり、なんの抵抗もなく自分勝手な生き様をしていた。ステラは身分証を手に入れるためにロルフという偽造屋と出会う。しかし、間も無くしてロルフとステラは、かつてロルフが付き合っていた女イバナに密告されてゲシュタポに捕まってしまう。

 

拷問を受けて、瀕死の状態になったステラは、ゲシュタポの上官に、ユダヤ人を教えるからと取引を持ちかけるが、なかなかユダヤ人を引き渡すまでに至らない。ステラは顔が広いロルフを巻き込んでユダヤ人密告をすることを提案し、ステラとロルフはゲシュタポへの密告を繰り返す。やがて、金髪の女の密告者の噂は広がり始める。間も無くして終戦だったが、ステラの両親はアウシュビッツで殺され、ステラもソ連の収容所で10年近く過ごす。この終盤はセリフで説明するだけである。

 

そして戦後の裁判で、ステラの戦争中の密告についての審議が行われるが、結局、無罪となる。しかし20世紀を目の前にした日、ステラは自殺してしまう。

 

密告にいたるまでの流れがとにかくだらだらとまとまりなく長い上に、戦後から裁判までが羅列だけの雑な脚本になっていて、あまりに適当なのは流石にいただけない映画だった。

 

 

「映画を愛する君へ」

ドキュメンタリーとドラマ部分を交錯させながら、映画愛を綴っていく作品で、次々と名作が画面を覆っていくのが楽しい一本だった。監督はアルノー・デプレシャン

 

映画が発明された十九世紀末の映像に続いて、幼いポールが祖母に連れられて映画館に初めていくところから物語が始まり、ポールの成長に伴って出会う様々な作品が登場しては、ポールに影響を与えていく。その過程で恋を経験し、将来を夢見ていく。そして、カフェで座って「大人は判ってくれない」の話を呟いているとジャン・ピエール・レオーがやってきて、彼と一緒に映画館に行き「大人は判ってくれない」を見て映画監督になる決心をしていって映画は終わる。

 

アルノー・デプレシャンの半自伝のような作品で、これという中身はないけれど、映画好きには楽しい一本だった。