くらのすけの映画日記

大阪の社会人サークル「映画マニアの映画倶楽部シネマラムール」管理人の映画鑑賞日記です。 あくまで忘備録としての個人BLOGであり、見た直後の感想を書き込んでいるので、ラストシーンまで書いています。ご了承ください

映画感想「ブラックバード、ブラックベリー、私は私。」「TATAMI」

「ブラックバードブラックベリー、私は私。」

ファンタジックな一面と、一人の女性の生き方、人生観をさりげなく映し出す一面を巧みに組み合わせた作品。青春映画という見方はちょっと違うかもしれないが、自由に生きてきた一人の女性の一種の青春映画と呼べるかもしれない。監督はエレネ・ナベリアニ。

 

ブラックベリーを川を見下ろす崖に取りにきた四十八歳のエテロは、近くに留まっている一羽の黒ツグミに見入ってしまう。美しい色合いと鳴き声でエテロの目を惹きつけたあと、その鳥は飛び立ってしまうが、鳥に見惚れていたエテロは足を踏み外して崖を滑り落ちる。なんとか踏みとどまって這い上がったエテロが橋の上から川を見下ろすと、崖を落ちた自分の死体と、その死体を囲む村の人たちの姿を見る。

 

経営している日用品店にやってきたエテロは、いつものように店を開けるが、そこに、ムルマンが新しい商品を配達してくる。エテロはついムルマンに体を擦り寄せ、そのまま二人はSEXをする。エテロは四十八歳にして初めて処女を喪失した。以来二人は恋人同士になって体を合わせるようになる。エテロの近所に住む女性達は、皆結婚し、子供もいる。そんな中に加わって話をすることもあったが、何かにつけて結婚をしていないエテロを見下げるような態度をする。

 

エテロは、ムルマンと逢瀬を繰り返すが、時折、亡くなった両親や兄が幻想で現れてエテロを非難したりする。森の外れでムルマンと待ち合わせたり、街のホテルで体を合わせたりする日々だったが、ある日、ムルマンがやってきて、トルコで運送業をするからしばらく会えないと告げる。エテロはムルマンを送り出し、いつものようにブラックベリーをとりにいくが、そこで用を足した際、下着に黒いシミを見つける。

 

エテロは近所の娘に、癌の症状を検索してもらうと、最近頻繁に起こる動悸や生理不順など自分の症状が当てはまる。死を覚悟したエテロは街の名医を聞き出し、家のものを近所の友人達に分け与えて旅立つ準備をするが、そこへトルコからムルマンが戻ってきて会いにくる。しかしエテロはすげない返事をして追い返す。

 

街へのバスに乗る日、バス停で一人の知人の女性がエテロのただならぬ雰囲気を察して見送りに来る。病院へ着いたエテロは、検査をしてもらうが、検査結果は、妊娠九週目という事だった。カフェに行きいつものメニューを頼み、エコーの写真を眺めて複雑な表情でこちらに視線を送るエテロのアップで映画は終わる。背後には黒ツグミの鳴き声が聞こえていた。

 

時々、主人公の幻覚のようなものが繰り返され、黒ツグミを物語の暗喩にしながら展開する独特のリズム感を見せる作品で、中年で太った主人公の少し遅れた青春ストーリーと捉えれば、どこか微笑ましくもなる一本だった。

 

 

「TATAMI」

おっそろしいほどの傑作だった。実話をもとにした緊迫感あふれる物語ですが、カメラワークと空間の使い方が素晴らしい。試合会場周りの廊下を縫うように動く長回しのカメラ、選手やコーチを追っていくアングル、試合を真上から捉えたり。時に足の下から見上げるような大胆なアングルを挟んでいく。そんな緊張感あふれるカメラの一方で、選手達の息遣い、追いつめられる主人公達のこわばっていく表情、大会運営スタッフの責任感あふれる行動、全てが一つにまとまり、しかも、映画としての面白さ(不謹慎かもしれないが)も群を抜いていて、クライマックスのコーチが会場へ飛び込む場面は涙が溢れてしまった。久しぶりに超一級品を見た気がします。監督はガイ・ナッティブ、ザーラ・アミール・エブラヒミ。

 

走るバスから外の景色が映され、カメラがバス内にパンすると、ヘジャブを被った選手達が座っている。イランの柔道チームで、これからジョージアのトリビシで行われる世界柔道選手権へ向かうのである。今回イラン代表のレイラは金メダル有望視され、イラン政府からも期待をかけられていた。

 

やがて試合が始まるが、レイラは順調に勝ち進んでいく。一方、レイラのライバルでもあるイスラエルにウディ選手も順調に勝ち進んでいった。ところが、イランの柔道協会会長からコーチのマルヤムに電話が入る。敵対国であるイスラエルのウディ選手と対戦できないから棄権するようにという命令だった。迷ったマルヤムだが、意を決してレイラに棄権を指示する。しかし、金メダルも射程に入っているほど気力が充実しているレイラは断固拒否する。当然、自国の家族にも危険が及ぶと判断し、夫のナデルにも連絡、ナデルは息子を連れて自宅を脱出する。直後、警察がナデルの家に踏み込んできた。

 

一向に棄権する様子がないレイラについて、イラン大統領からもマルヤムに電話が入る。さらにマルヤムの家族にも危険が及ぶ等の脅迫が入ってくる。さらに、会場に来ているイラン外交官が、レイラに近づき、レイラの両親が拉致された動画を見せる。レイラとマルヤムが喧嘩しているカメラ映像を見たWJAのステイシーはWJA会長のアブリエルに相談するが、レイラ本人からの依頼がなければ動けないと答える。

 

マルヤムを通じての圧力が強まる中、レイラは洗面所で額で鏡を破るほど感情が高まり、試合会場にマルヤムも同席せず、一人で戦うことになり苦戦していく。そして、政府からの圧力に感極まったマルヤムは、レイラがすでに畳の上に立っているにもかかわらず棄権するようにと叫んでしまう。その姿を見たステイシーとアブリエルは、試合後レイラを呼び出し、妨害されていることを告白させて録音し、さらにレイラに警備をつけて試合を続けさせる。

 

追いつめられながらも必死で戦うレイラは、体力に限界がきてフラフラになりジョージアの選手との準決勝に臨んでいた。レイラの姿を見つめていたマルヤムは、とうとう、試合会場へ入り、失うものはもうないからと激励と指導を送る。レイラは息が上がり、とうとうヘジャブを取って試合に向かっていく。しかし、最後の最後、力尽きたのかレイラは巴投げで敗れてしまう。

 

レイラはステイシーらスタッフに保護される。マルヤムが帰ろうとすると、イランの外交官達が拉致するべく待ち構えていた。マルヤムは外交官らを必死で振り解き、ステイシーらの元へ駆け込む。そして保護され、レイラの部屋にやってきたマルヤムは、かつてソウルの大会で、自分も政府の命令で棄権するために嘘の怪我をしたことを告白する。レイラの携帯には、無事国境を越えたというナデルのメッセージが入っていた。二人はこちらに向かってメッセージをする。

 

二人はWJAの保護のもとパリへ亡命する。一年後、レイラは夫と息子と暮らしていた。この日、パリで行われる世界柔道選手権に向かうバスの中にレイラとマルヤムがいた。彼女らはヘジャブもなく、WJAの難民選手として試合に参加することになった。試合会場へ入っていくレイラの姿で映画は終わる。

 

とにかく、映画として恐ろしいほどに完成されている上に、全編手に汗握る緊張感に包まれ、さらに、狭い空間やTATAMIの試合会場を縦横無尽に走り回るカメラワーク、そして大胆なカメラアングルも素晴らしい。ストーリー展開のテンポも見事で、一級品の仕上がりになっています。素晴らしい映画だった。モノクロスタンダードで撮った意味は、何の色にも染まらないというメッセージなのだろう。必見の一本でした。