くらのすけの映画日記

大阪の社会人サークル「映画マニアの映画倶楽部シネマラムール」管理人の映画鑑賞日記です。 あくまで忘備録としての個人BLOGであり、見た直後の感想を書き込んでいるので、ラストシーンまで書いています。ご了承ください

映画感想「早乙女カナコの場合は」「ジュ・テーム、ジュ・テーム」

「早乙女カナコの場合は」

ちょっとした佳作。とっても良い映画だった。不器用な男女のさばけた恋愛ストーリーを淡々と描いていく心地よさ。そこにジメジメしたものも、落ち込む暗さもなくて、主人公たちに絡んでくる傍のキャラクターもバッサリと切りながら前に進む展開も潔い。しかもセリフのそれぞれがとっても深くて洒落ているのは原作の良さだろう。たいそうな傑作ではないのですが、何気なく引き込まれていく映画だった。監督は矢崎仁司

 

早乙女カナコが大学の入学式の日、引っ越し業者が来たといい友達の声で映画は幕を開ける。大学初登校、突然目の前でいかにも芝居っぽい場面に出会してカナコはそれに真面目に対応してしまう。そこで長津田と知り合う。長津田は演劇部の先輩で、脚本と演出を担当していた。演劇部の扉にジャン・ユスターシュ監督の「死者を起こすには強くノックをする」と張り紙がされていて、その言葉でカナコと長津田は意気投合する。

 

そんな長津田とカナコは付き合うようになり、クリスマスイブの夜、ショーウインドウで見かけたペアリングを買う。しかし金を出したのはインターンシップで働いていたカナコだった。いつか脚本を完成させるというばかりで、大学を卒業する気配もない長津田とカナコは三年の月日を過ごす。ホタルイカを取りに行った際、長津田に卒業はしないと改めて言われたカナコは長津田に見切りをつける。

 

この年、新入生で入った麻衣子は、友達に誘われて、サークルの新歓コンパにくるが、そこでプールに飛び込むように言われ逃げ帰ってしまう。麻衣子の弟はおさないころプールで溺れ、それ以来麻衣子は水が怖くなっていた。初登校の日もらったチラシを頼りに麻衣子は演劇部にやってきて長津田と出会う。どこかアウトロー的な長津田にすっかり惚れた麻衣子は、何かにつけ長津田に接するようになり、長津田も麻衣子をバイクに乗せたりするようになる。

 

長津田に愛想をつかせたカナコは、大手出版社に内定が決まり、そこの先輩吉沢から告白される。真面目で将来も有望な吉沢にカナコは長津田にないものを感じて付き合い始めるが、長津田と麻衣子の姿を見るたびに胸が痛くなるのを感じていた。カナコは会社で営業職の勉強をすることになり、慶野亜依子の下で働くようになる。そんなカナコを見かねた友達のミチコは、長津田と麻衣子のデートの現場を写真に撮り、カナコと吉沢の事をバラしてやる。

 

長津田は麻衣子を連れて書店にやってくる。そこではカナコの憧れの作家有森のサイン会が行われていた。そこで長津田と麻衣子は吉沢と出会う。カナコはずっとはめていた長津田とのペアリングを麻衣子にプレゼントする。クリスマスが近づき、麻衣子は長津田の部屋に泊まる覚悟で長津田の部屋にやってくるが、長津田がどこかにカナコの影を追っている違和感にとうとう飛び出してしまう。間も無くして二人は別れてしまい、麻衣子はその事をカナコに伝える。長津田は一人で京都に行ったのだと言う。

 

ある夜、麻衣子はカナコに呼び出される。カナコと吉沢は一緒に飲んでいたが、カナコが酔っ払ったのでカナコを部屋に連れ帰ったものの、着替えなど手伝って欲しいと呼び出したのだ。麻衣子は吉沢に頼んで、麻衣子がカナコにもらったペアリングを捨てた池に入ってもらう。しかし、途中で吉沢の足が攣ってしまい、麻衣子に助けを求める。水に入れない麻衣子だったが勇気を持って水に入り吉沢を助ける。

 

年末が近づき、慶野は来年の手帳を探していたが、製造元が販売を中止して手に入らず困っていた。カナコはいつも白紙のノートに自由に書き綴るようにしていると話す。その頃、カナコは吉沢から有森の新しい原稿渡されていた。そしてクリスマスイブには一晩一緒に過ごしたいと言われる。その帰り、カナコはカナコのマンション前でサンタの格好をしている長津田と再会する。京都まで行ってきたが金がなくなりバイトをしているのだという。カナコは長津田に慶野が探している手帳の会社が京都だと聞いて頼んでいたのだ。

 

カナコは部屋で長津田と飲み、手帳をもらうが、それは慶野へのプレゼントだとはっきり言う。カナコは長津田にベッドを貸してやるが、長津田はどこか寂しげだった。

 

カナコが部屋を出た後吉沢の部屋にやってきたのは慶野だった。実は二人は元恋人同士で、この日慶野は友人の結婚式の帰りだった。何事も計画的に進める慶野は、罫線がしっかり引かれた手帳をいつも持っていた。慶野は吉沢にモーションをかけるが、吉沢はベッドを貸してやるだけだった、そんな吉沢の姿を慶野は寂しく見つめる。翌朝、慶野は朝の墓地を歩いていた。カナコから、長津田が買ってきた手帳をプレゼントされる。しかし、慶野は、カナコ同様白紙の手帳を使うことに決めていた。

 

カナコは慶野から、吉沢と慶野が付き合っていた事を告げられるが、カナコには気にすることでもなかった。カナコは吉沢からクリスマスイブに誘われていることがストレスになっている事を告白する。慶野はそんなカナコに、吉沢にはっきり別れを言って、長津田に会いにいくべきだとアドバイスする。カナコは吉沢に別れを言うと吉沢は、探し出したペアリングをカナコに返す。そしてカナコは長津田に会いにいく。

 

そして六年が経つ。カナコは出版社で有森の担当編集者になっていて、この日母校での講演にやってきていた。ミチコはフランスで結婚していて、麻衣子は赤ん坊を抱いてやってくる。カナコは懐かしい部室にやってきて、もしかしたらと長津田に電話をする。すると長津田が出た。長津田はアイドルのマネージャーをしていた。

 

カナコはミチコを見送りに空港へやってきたが、そこへ長津田から電話が入る。そして「死者を呼び覚ますには強くノックをしてほしい」と意味深な言葉を言ってきたので、カナコは慌てて長津田に部屋に行く。そこで長津田はシャンペンを開け、自分が書いた「欲しいものはいつもガラスの向こう」と言う脚本が鮫島賞の佳作になったと告白する。そして二人は体を合わせる。カナコの胸にかつてのペアリングがぶら下がっていた。翌朝、カナコは着の身着のままで外に飛び出し、その後を長津田が追っていき、遊園地の中まで走っていてその場に倒れて映画は終わる。

 

非常に書き込まれた脚本で、おそらく原作に描かれているエピソードを全て網羅したのだろうが、実によく整理されている上に、セリフがしっかり工夫されていて、厚みのある仕上がりになっています。絡んでくる脇役とのエピソードはバッサリと切りながら前に前に物語を進める力強さもあって、少々長く感じないわけでもないものの、一つ一つの絡み合いに次第にどこか胸に残る甘酸っぱさも見えてくるからいい。それぞれの人物が新しい未来へ踏み出そうとする姿も爽やかな映画だった。

 

 

「ジュ・テーム、ジュ・テーム」

正直、わからなかった。細かいシーンの繰り返しで、時間も空間もあちこちに飛びながら、主人公と、過去に愛した女性との恋物語が語られているのはわかるのだが、過去に遡った物語をつなぎ合わせられなくて、ラストは現実に戻ってしまうという。しかも終盤シュールなカットも挿入されて混乱するから、余計に陶酔感の中に浸ってしまいました。監督はアラン・レネ

 

ある病院、クレスベル研究所の職員が医師と話をしている。被験者候補が見つかったと言う会話の後、この日退院してきたクロードにクレスベル研究所の職員が話しかける。そしてクロードをクレスベル研究所へ連れていく。そこでは時間の研究が行われていて、タイムリープに成功したから今度は人間で実験してみたいのだと言う。

 

クロードは。玉ねぎのような装置の中に入り薬剤を注射される。途端、クロードは一年前、真っ青に広がった海、そして破滅的に愛し合ったカトリーヌと再会する。ところがマシンが故障し、クロードは断片的な記憶の中で時間を彷徨うようになる。と言うのがストーリーなのですが、カトリーヌとの思い出の中、様々な場面を追体験し、最後は自殺してしまう。クレスベル研究所の職員は、建物の外で倒れているクロードを発見し、ベッドに寝かせるが、すでに脈は弱っていた。実験室のネズミがストップモーションになり映画は終わる。

 

断片的な映像が次々と繰り返され、終盤、オフィスの中にバスタブがあり女性が入浴していたり、半魚人のような顔の男がクロードを案内したりと、混乱を極めていく。もう一度見れば分かるのかどうかも疑問の作品で、どうにも感想できない映画だった。

 

ジュ・テーム、ジュ・テーム

ジュ・テーム、ジュ・テーム

  • クロード・リッシュ
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