「レイブンズ」
写真家深瀬昌久の半生を、シュールな映像で描き出した作品で、芸術という視点から映像を紡いでいく演出になっているため、人間ドラマ的な部分は希薄にしていくのですが、主人公を演じた浅野忠信に今ひとつカリスマ写真家の姿が見えてこないので、彼のミューズとなった洋子の存在も浮かび上がってこない。深瀬昌久の影の姿である鴉=レイブンズとの会話はシュールではあるけれど、この映像の言わんとする物語が滲み出てこないので、結果映画全体がちょっと平坦になった感じでした。監督はマーク・ギル。
1951年、写真館を経営する深瀬昌久の父助造のところに、芸術大学の合格通知を持って深瀬が入って来るところから映画は幕を開ける。昔気質の父は、大学に行かなくても写真家にはなれると豪語するが、写真は芸術だからと主張する深瀬と喧嘩になってしまう。やがて、写真家になった深瀬は洋子という女性と知り合い、彼女の写真を発表することで有名になっていき、ニューヨークでの展覧会も行われる。深瀬は洋子の為に懸命に働くが、しかし、洋子がチヤホヤされることが面白くない深瀬はつい別の女性に気持ちを許してしまう。
そんな深瀬の元を洋子も去っていき、一人ぼっちになった深瀬だが、兼ねてからの相棒の正田は彼を支える。深瀬は幼い頃から目の前に現れる鴉にシャッターを向けた途端鴉が消え、その後発表する写真で世の中に認められていく。実家では写真館の失敗で父が自殺してしまう。この日、深瀬は行きつけの南海という名のバーで飲んだくれて階段から落ちて大怪我をする。一命は取り留めたが、脳が損傷してしまい、普段の生活ができず施設に入ってしまう。そんな深瀬を洋子が見舞う。洋子は深瀬にカメラを手渡しその場を去る。こうして映画は終わっていく。
丁寧な演出とシュールな映像で、天才写真家のカリスマ性を描きだしていくが、主人公はどちらかといえば洋子ではないかと思ってしまう。もう少し、深瀬と洋子の描写に力強さが出れば、影のような鴉の映像が光った気がします。悪い映画ではないけれど、あと一歩という作品だった。
「ミッキー17」
何もかもが何かのコピーと風刺の塊として描き切った作品。神経を逆撫でするようなブラックユーモアを貫くのですが、そこかしこに何かのパロディコピーを放り込んでいる演出は拍手ものである。マーシャル司令官は明らかにナチスのコピー、あるいはプーチンの如しだし、クリーパーはどう見ても「風の谷のナウシカ」の王蟲である。さらに翻訳機を作ったのはドロシーという名前だし、地球から派遣されてきた調査員は東洋人である。唯一、主人公だけがオリジナルという描写には笑ってしまいました。SFマニア向けの作りに徹したなかなかのコメディ映画だった。監督はポン・ジュノ。
雪のクレバスに落ちた主人公ミッキーが目を覚ますところから映画は幕を開ける。相棒のティモが空から駆けつけるが火炎放射器だけ回収してミッキーは残してしまう。実はミッキーは死んでも再生プリンターで同じ肉体と記憶で蘇ることができ、今は17番目の肉体だった。ミッキーは覚悟を決めるが、そこへこの惑星の先住民クリーパーが現れる。そしてミッキーに襲いかかってくる。
時は2054年、ミッキーはこの仕事に就くまでの過去を振り返る。地球でティモと事業を起こそうとしたが失敗し、高利貸しに追われて、宇宙船の乗組員という逃げ道を思いつく。惑星ニヴルヘイムを植民地化するべく熱狂的な信者を持つマーシャル司令官がそのリーダーだった。
ミッキーはエクスペンダブルズという職務に就くことを了解し、ろくに内容も読まずに契約書にサインする。それは、実験台のようにさまざまな危険な任務をこなし、死んでも保存された記憶と再生機のプリンターで新しい肉体を得て蘇るいわゆる実験台になる仕事だった。しかもそのクローン技術は地球上では禁止された技術だった。
惑星ニヴルヘイムへ着いたマーシャル司令官や妻のイルファらは、まずミッキーを先に惑星に降ろし、危険なウィルスに感染させてそのワクチンを開発します。そしてワクチンが完成して乗組員らも惑星に降り立てるようになる。ミッキーは危険な放射線の中での作業でどれくらいで死ぬのか、毒薬を口にして中毒症状がどれくらいで出るのかなどさまざま実験を経て今に至っていた。その中で、一人の女性ナーシャと知り合う。
ミッキーはクリーパーに襲われあわや食べられるかと思ったが、クリーパーはミッキーを助けて穴の外に放り出す。ミッキーは基地に戻ってくるがそこでもう一人のミッキー18と遭遇する。科学者はミッキーが死んだと思って新しいミッキーを作り出していた。しかし二人が存在してはいけないというルールがあるため、いずれかが抹殺されなければならないが、ナーシャはそれぞれのミッキーを一緒に愛する事を考える。しかし、エージェントカイがその事を知る。二人のミッキーは交代で死ぬ事にする。しかし、二人のミッキーもナーシャも企みが発覚し捕まってしまう。
そこへ、ティモが、地球からの極秘任務を折った調査員のメモを持って現れる。マーシャルの横暴の証拠を抑えるべく派遣されていた。ミッキー18はマーシャルを抹殺しようと狙う事になる。
その頃、マーシャル司令官は、新しい鉱物を披露していた。そこへミッキー18が現れるが、鉱物の中からクリーパーの子供が現れる。慌てたマーシャルらは一匹を殺すがもう一匹は捕獲する。イルファは捕獲したクリーパーの尻尾を切って食べたりする。ところが基地の周囲ではクリーパーらの大群が取り囲んでいた。マザークリーパーは捕獲された赤ん坊を取り戻そうとしていた。マーシャル司令官は、二人のミッキーを逮捕し、爆弾を巻いてクリーパーの中へ放り出し、一方で毒ガスでクリーパーを殲滅しようとする。
二人のミッキーはクリーパーの群れに入り、ドロシーが作った翻訳機で会話を試みる。マザークリーパーは、自分たちの超音波で人類を一瞬で殺すことができるが、拉致された赤ん坊を返せば、殺された赤ん坊の代わりに人間一人を犠牲にすれば助けると伝える。ミッキー17は基地内のナーシャに身振り手振りで連絡、ナーシャはミッキーの意図を汲んで、イルファを人質にして赤ん坊のクリーパーを助け出すことに成功する。さらに、マーシャル司令官の悪行を地球へ報告するべく派遣されたメンバーもナーシャに味方する。
拉致されていた赤ん坊はナーシャが群れの中に届ける。マーシャル司令官は自らクリーパーの群れに入っていき、自分の指揮でクリーパー殲滅する姿を映像にするべく乗り込んでくる。しかし、ミッキー18がマーシャル司令官の乗った車両に飛び込み、マザークリーパーが要求した一人の人間の犠牲になるべく、マーシャル司令官と一緒に爆死する。イルファもマーシャルが死んだ翌日亡くなり、六ヶ月後、ナーシャが新しい委員長となってこの星を統治することになり、複製プリンターを破壊するイベントがこの日行われていた。つい眠ってしまったミッキー17はマーシャルやイルファが再生機で蘇っている夢を見る。やがて再生機は破壊され、ミッキーは恋人ナーシャと歳をとることになる。カイは女性の恋人ができる。こうして映画は幕を閉じる。
少々てんこ盛りの内容なので、物語を全て網羅できていないかも知れず、あちこちに散りばめられた風刺の数々を書ききれていないが、もうちょっと整理した作りにした方がブラックユーモアの面白さが際立ってキレのある作品に仕上がった気がします。でも流石にポン・ジュノ、やってくれましたね。