「お國と五平」
監督は成瀬巳喜男ですが、彼らしからぬ非常に間延びした作品だった。谷崎潤一郎原作ということで、女に尽くす男の姿というのは成瀬巳喜男監督の好みのジャンルなのですが、ひたすら道中を長々と描く筆致がなんともだらけていて張りがない。ラストに至っては余韻が残りづらく、普通の時代劇という一本でした。
夫の仇討ちをすべく旅を続けるお國と奉公人の五平の姿から映画は幕を開ける。かれこれ五年になるが仇とする友之丞の姿は見えない。疲労が重なるお國だが、大手を振って送り出してくれた国元の人々の姿と尽くしてくれる五平の気持ちに鼓舞する日々だった。しかし、いつのまにか五平もお國もお互いに主従以上の気持ちが芽生え始めていた。
まだ独身だった頃、お國は友之丞とは恋仲で将来を約束した間柄だったが、先の見込めない友之丞にお國の両親は伊織という誠実な男と見合いをさせ、お國もまた、伊織に惹かれて友之丞に別れを告げて結婚した。しかし、ある夜、友之丞は伊織を辻斬りで殺してしまい行方をくらましてしまう。そこでお國と五平が仇討ちに旅立ったのだった。
しかし、一向に友之丞の姿が見えない中、とうとうお國は疲労のために旅先で倒れてしまう。ところが、最近、夜になると尺八を吹く虚無僧の姿を見かけるようになっていた。実は友之丞は、お國と付き合っていた際、得意の尺八でお國を誘っていたのだ。ようやく回復して再び旅に出る決心がついたお國のために、五平は旅支度の買い物をするために出かけるが、お國の泊まる部屋の隣に例の虚無僧が泊まっていて、お國の部屋にやってくる。なんとその虚無僧こそが友之丞だった。そしてお國と五平の間柄を見聞きし、自分は命が欲しいから、仇討ちなどやめてそれぞれどこかで幸せに暮らそうと持ちかけてくる。そこへ五平が戻ってくるが、友之丞はすぐ部屋に隠れてしまう。
再び旅に出たお國と五平だが、ずっと虚無僧が後をつけて来て尺八を吹いていた。五平がお國に頼まれ調べに行き、虚無僧が友之丞だと判明、五平はお國とともに友之丞に刀を向ける。友之丞は必死で命乞いをするが、五平は自慢の腕で斬りかかる。斬られた友之丞は今際の際に、お國と自分は一度は体を合わせたと告げて息を引き取る。五平はその言葉に呪われるようにひざまづいてしまう。本懐を遂げ、国元へ向かう二人だったが、五平の耳には虚無僧の尺八の音が消えることはなかった。こうして映画は終わる。
お國が人妻であることを知った上での恋仲の五平の思いなのに、なんで最後に友之丞の言葉に悩むのか分かりづらく、道中に起こる、国元での大事件を語る薬売りの話や、思い余って五平がお國に迫る場面、母親に瓜二つの乞食の登場などなどさまざまな描写も物語を引き立てていない。今見るとという視点もあるのかもしれないが、いつもの成瀬巳喜男のキレが見えない一本だった。
「芝居道」
芸道ものは好みのジャンルなので、たいていは引き込まれるのですが、今回の作品も、しっかりとした演出で描いていく人間ドラマに画面に釘付けにされました。構図も美しいしカット割も鮮やかで、切々と描かれる男と女、芸の道の真髄が伝わって来てよかった。難を言えば、もう少し成瀬巳喜男らしい研ぎ澄まされたキレがあればもっと際立った気もします。でも楽しめました。監督は成瀬巳喜男。
明治末期の大阪道頓堀、角座を拠点に芝居の上演をする大和屋の元には人気の新造という役者がいた。若い上に贔屓客も多く、毎回満席の舞台だったが、新造は義太夫のおみつと恋仲になっていた。さらに、人気ゆえにやや傲慢になっているきらいもあり、役者仲間からも大和屋からも疎まれていた。そんな新造に大和屋は、おみつと縁を切るように勧める。芸にブレがあるという大和屋に真っ向から新造は反感を抱く。
大和屋はおみつに直談判して、新造を育てるために身を引いてくれと頼む。おみつもその心を察して自ら身を引く。しかし新造はすっかり自暴自棄になり、とうとう大和屋を出ると言い出す。折下東京の興行主から誘いの手紙が来たので、新造は東京へ出ていく。間も無くして戦勝ブームにわく。道頓堀の芝居小屋は、陽気で前向きな芝居をかけ人気を博すが、大和屋の小屋では、先を見越して質素倹約を謳った地味な芝居をかけたため次第に興行は振るわなくなっていく。
請われて東京へ来た新造だったが、来る日も来る日も端役ばかりで、興行主からは叱責の声ばかりだった。しかし、ようやく目が覚めて新造は心機一転、自身を改めて芸道の道へ邁進し、やがてそれなりの人気役者に成長する。一方大和屋では次々と役者や使用人も減り小屋主からは次回公演はライバルの信濃屋に貸すとまで言われる。窮地を聞いた新造は東京から舞い戻る。そんな新造に大和屋は、東京の興行主の話も全て自分が仕組んだことだと打ち明ける。大和屋に面倒をかけまいと身を隠していたおみつも道頓堀での新造の芝居を観にくる。やがて、大和屋の先見の明は実を結び、観客は角座に集まってくる。おみつと新造もめでたく再会し、ようやく明るい船出が見えて映画は終わる。
しっかりとした構図と、的確なカット回しで描いていくクオリティの高い一本で、成瀬巳喜男作品の中では名作とまではいかないけれど、非常に良質な見応えのある映画でした。