くらのすけの映画日記

大阪の社会人サークル「映画マニアの映画倶楽部シネマラムール」管理人の映画鑑賞日記です。 あくまで忘備録としての個人BLOGであり、見た直後の感想を書き込んでいるので、ラストシーンまで書いています。ご了承ください

映画感想「ゴッドファーザー」「秋が来るとき」

ゴッドファーザー

十四、五年振りくらいの再見ですが、三時間という時間を感じさせないほど重層で深みのある名作。人間ドラマというのはこうやって作ると言わんばかりでありかつ物語の構成はこういうふうに畳み掛けるものだと見せつけられる映画だった。やはり素晴らしい。監督はフランシス・フォード・コッポラ

 

ドン・ビトー・コルレオーネの屋敷で娘コニーの結婚式が行われている。一人の男が、コルレオーネに、自分の娘がチンピラに辱められたからと復讐を頼んでくる。コルレオーネは、自分のことをゴッドファーザーと認めるならと嘆願を聞いてやる。コルレオーネの側近、息子のトムは弁護士で早速指示を出す。長男のソニーは血の気が多いが、何より家族を大切にする。マフィアのボスという存在の父を嫌うマイケルは兵役に行き、この日恋人のケイと祝福にやって来る。

 

コルレオーネが世話をしているスタージョニーが、次の映画の主役になれないとコルレオーネに頼みに来る。トムが映画会社に向かい、丁寧にジョニーの出演を依頼するも、プロデューサーウォルツが拒否したので、プロデューサーが大切にしている種馬の首を切って脅す。その頃、ソロッツォが麻薬取引をコルレオーネに持ちかけて来る。政財界に力があるコルレオーネの力を借りんがためであるが、コルレオーネは麻薬にだけは手は出さないと断る。

 

コルレオーネが街頭で買い物をしていると、突然機関銃で襲われ重傷を負ってしまう。犯人はソロッツォとその背後の五大ファミリーの一人タッタリアだとわかる。ソニーやトム達はマイケルに連絡、コルレオーネは一命は取り留めたものの病院に入院する。病院に駆けつけたマイケルは、護衛の身内も警官もいない事に驚き咄嗟の起点で、見舞いに来た男と共にコルレオーネを守る。

 

マイケルは、ケイを実家に帰らせ、和睦をマイケルに申し込んできたソロッツォと仲間の悪徳警官を自分が殺すとソニー達に提案する。待ち合わせのレストランのトイレにあらかじめ銃を隠し、マイケルはソロッツォ達を殺し、ほとぼりが覚めるまでシチリアに避難する。タッタリアとコルレオーネとの抗争は激しさを増して来る。コニーの夫カルロが暴力を振るったと聞いたソニーが切れてコニーのところへ向かう途中、待ち伏せに遭い殺されてしまう。

 

ソニーの死を知ったマイケルはニューヨークに戻る決心をするが、現地で結婚したアポロニアは、マイケルを狙った爆弾で車ごと爆破されて死んでしまう。ニューヨークに戻ったマイケルは、コルレオーネの後を継いで組織を立て直すべくトムと行動を開始する。間も無くしてマイケルはケイと再会して結婚、子供も生まれる。コルレオーネは退院するが、マイケルに組織を正式に任せる。時が流れ、コルレオーネも出歩けるようになったが、体は弱っていた。

 

ある日、コルレオーネはマイケルの子供と遊んでいて、心臓麻痺で亡くなってしまう。生前、パブリッツィオとの会談を申し込んできた男が裏切り者だと聞いてきたマイケルに、テッシオがパブリッツィオとの会談を提案して来る。マイケルはトムらと共に五大ファミリーのボスを一網打尽にするべく、コニーの子供の名付け親として洗礼の儀式の後、五大ファミリーのボスを一気に殺してしまう。そして、最後に、ソニーを罠に嵌めたカルロに迫り、カルロを殺す。屋敷では、ケイがマイケルに、カルロを殺したのかと詰め寄るが。マイケルは否定、マイケル・コルレオーネをドンと呼ぶ仲間達が取り囲む。それを見るケイのショットで映画は終わる。

 

ファミリーを守るために、非情な行動をとりながらも、暖かく家族を見つめ、子供達の死に涙は浮かべないままでも耐え切れないほどの悲しみを湛える主人公の姿、そして、彼を取り巻く息子や娘達の物悲しい姿にいつの間にか胸が熱くなって来る。それでいて、人間ドラマとしての重厚さ、格調の高い絵作りに、この作品のクオリティの高さに圧倒されてしまいます。名作、これこそ名作と呼べる一本だった。

 

 

「秋が来るとき」

美しい景色を捉えながら淡々と進む人生の一ページの物語。さりげない展開の中に見え隠れする残酷さと心の機微が見ている私たちに、何かを感じさせる不思議な力を見出してきます。さすがに上手い。良い映画だった。監督はフランソワ・オゾン

 

老婦人ミシェルが、娘のヴァレリーからの電話をとっている。孫のルカと遊びに来るらしく、近所に住む友人のマリー=クレールと森にキノコをとりに行く。マリー=クレールは、ミシェルが取った毒キノコなどを見分けてやるが、ミシェルは気に入ったキノコを山のように取って自宅に帰る。やがてヴァレリーが孫のルカを連れて帰って来るが、ヴァレリーとミシェルの仲は悪かった。ミシェルは売春の仕事をしていてそれが今も気にしていた。夫のロランとは離婚協議の真っ最中だった。

 

ミシェルが作ったキノコ料理をみんなで食べたが、ルカはキノコが嫌い、ミシェルも食欲がなく、料理を食べなかった。ミシェルとルカが森に散歩に行き帰って来るとヴァレリーがキノコの食中毒で救急車で搬送されるところだった。なんとか無事だったものの、怒ったヴァレリーはルカを連れて帰る事にし、今後ミシェルと会わないと断言してしまう。マリー=クレールの息子ヴァンサンは、刑務所に入っていたが刑期を終えて出所してきた。ミシェルはヴァンサンに庭の片付けなどを手伝ってもらう。ミシェルは孫と会えなくなり悲しい思いをしているのをマリー=クレールに話しているのを聞いたヴァンサンは、パリに住むヴァレリーのところを訪ね、説得しようとする。ところが、ベランダに出たヴァレリーは足を踏み外して落ちて死んでしまう。

 

ヴァンサンは、家に戻り母マリー=クレールにそのことを話す。ミシェルはルカを引き取ることになり、一緒に暮らし始める。ルカはヴァンサンとも仲良くなる。そんな時、マリー=クレールが末期のガンだと判明し入院する。落ち込むヴァンサンだった。間も無くしてマリー=クレールは亡くなってしまう。その葬儀で、悲嘆に暮れるヴァンサンだったが、ルカが慰める。マリー=クレールも娼婦をしていて、娼婦仲間も葬儀にやって来る。

 

しばらくしてパリ警視庁の女性警部が訪ねて来る。ヴァレリーの死に不審な点があるという。ヴァレリーが死んだ日、マンションの防犯カメラに、ルカとすれ違う男の姿があり、ヴァンサンではないかと調べにきた。ミシェルはその日は庭の片付けをヴァンサンに頼んでいたといい、ルカもすれ違ったのはヴァンサンではないと証言したので警部は帰っていく。

 

時が流れ、この日、パリの大学に行っているルカが故郷へ戻ってきた。ヴァンサンが出迎え、ミシェルと一緒に森に散歩に行く。森は秋の色に染まっていた。ミシェルは森の外れに鹿が戯れているのを見てそちらに行くとヴァレリーがいた。ヴァレリーはミシェルの手を取る。ミシェルの姿が見えないとルカとヴァンサンが道を引き返す。ルカは森の中で生き絶えているミシェルを発見、映画は終わる。

 

ミシェル達がなぜヴァンサンを擁護したのか、なぜ、そこまでヴァレリーはミシェルを嫌うのか、結局ロランはどうなったのか、謎を秘めたままのエンディングはフランソワ・オゾンらしい色合いである。これと言って大きなドラマ展開はないが、ストーリーのうねりはかなり組み合わされているので、非常に味のある、ある意味ミステリーな作品に仕上がっています。面白い映画でした。