「黒い瞳」
これは良い映画だった。独特のリズムによる語り口とユーモア満点の演出、軽妙な展開、美しい景色で描いていくシンプルな恋愛模様に、どこか切なくてどこかコミカルで、それでいて、映画らしいラストシーンにじんときてしまいました。監督はニキータ・ミハルコフ。
船上のレストラン、一人の男パヴェルは、喉が渇いたと開店前のレストランにやって来る。開店準備で休んでいた給仕のロマーノがパヴェルに声をかける。パヴェルは最近結婚し、新婚旅行なのだという。ロマーノは自分の妻と家族の写真を見せ、パヴェルに自分の恋の話を始める。
大学で建築学を学んでいたロマーノは銀行家の大富豪の一人娘エリザと恋に落ちて結婚する。そして二十五年の歳月が流れたある時、ロマーノはエリザと喧嘩をして湯治場へ出かける。そこで子犬を連れたロシア人女性アンナと出会い恋に落ちる。しかし、アンナも結婚していた。愛の一夜の後、アンナは一通のロシア語の手紙を残して去ってしまう。ロマーノは、手紙の中の自分とアンナの名前を隠して知人に解読をしてもらう。そして、それが恋文だと知ったロマーノは娘ティーナの夫の助力で出国の許可を得てロシアに行き、アンナと再会する。
アンナも夫とのことに覚悟決め、ロマーノは二人で生活することを約束、身辺整理のためにイタリアにとりあえず帰国する。ところが、帰国してみると、自宅は売却の手続きでごった返していた。銀行の頭取が行方不明になり、取り付け騒ぎで、債権者への支払いのために自宅を売ったのだという。嘆くエリザの姿を見たロマーノは、エリザが見つけたアンナからの恋文はただのビジネスに関するものだと嘘を言い、好きな女性などいないと断言する。エリザはその手紙を破り捨て、ロマーノはアンナとの約束を反故にして元の鞘に収まってしまう。間も無くして、エリザの叔父が残した莫大な遺産で生活は安定したが、ロマーノとは疎遠になっているらしい。
その話を聞いたパヴェルはロマーノに、レストランが開店したら妻を連れて戻って来ると言う。そしてぱパヴェルは、今の妻とどうして知り合い結婚したかを簡単に話す。パヴェルが妻と知り合った時、妻は自殺未遂を起こしながらも一人の愛する人を思っていたらしい。そんな彼女にパヴェルは七年越しでプロポーズを続け、貞操は渡せないが結婚は承諾すると答えを貰い結婚したのだと言う。パヴェルは甲板で休む妻に声をかける。パヴェルの妻は起き上がり、ゆっくり振り向くと。それはロマーノが愛したアンナだった。オリジナルはここで終わりなのだろうが、この後パヴェルとアンナはレストランに行き、ロマーノはアンナと再会、カットが変わり、ロシアからイタリアに戻るロマーノの声で映画は終わる。
本当にシンプルな話で、物語だけ語るとたわいない。しかし、鏡やガラスの窓を巧みに使った会話シーンや、器に残る水に反射する光、ひょうきんに踊るロマーノの姿、仰々しい演技をする傍の登場人物など独特の空気感が漂い、それでいて、些細な気持ちから起こる恋と破局、人生のさりげない機微が胸に迫ってきます。良い映画でした。