「女の中にいる他人」
科学捜査が進んだ現代では考えられない展開なのですが、これはそこを描かんとしたわけではなくて、自身の罪悪感に苛まれる主人公、そして、信じる人を疑いたくない苦悩、さらに、愛するものを守るためには何事も厭わない人間の残酷さを淡々と描いた心理サスペンスなのだと思う。少々くどい気がしないわけではないけれど、独特の緊張感が全編を覆い尽くし、息苦しくなるほどの空気感にぐったり疲れてしまう一本でした。監督は成瀬巳喜男。
一人の男田代が物思いに耽りながら通りを歩いている場面から映画は幕を開ける。一人、カフェでビールを飲んでいるところへ親友の杉本が通りかかり一緒に飲んだ後、行きつけのバーに行く。そこへ杉本の妻さゆりの友人弓子から電話が入る。さゆりが事故にあったと言う。杉本がさゆりのアパートへ行くと、さゆりは殺されていた。そんなこととは知らない田代は帰宅するが、間も無くしてさゆりの事件を知る。田代の妻雅子も心配するが、二人はさゆりの葬儀に出かける。そこで、田代は弓子の視線を感じる。葬儀の帰り、弓子は杉本に、以前、さゆりと田代がアパートから出て来るのを目撃したことを語る。杉本が田代と会ったのはさゆりのアパートのそばだったことを思い出す。
梅雨明けの雷雨の夜、田代は雅子に思い余ってさゆりと交際していたことを告白する。田代はさゆりの事件以来、体調がすぐれず塞ぎ込んでいた。雅子の勧めで一人温泉に療養に行くが、田代は一人だと辛いのでと雅子を呼び出す。やってきた雅子に田代は、さゆりを殺したのは自分だと真相を話す。田代は自殺するつもりで劇薬も持参していたが、雅子が取り上げる。田代はさゆりを冗談半分で首を絞めているうちに本当に死んでしまったのだと言う。そんな田代に、雅子は、二人だけの秘密にしようと話す。そんな時、田代の息子が髄膜炎寸前で入院したこと、杉本が献身的に看病してくれたと言う連絡がはいり田代達は帰宅する。田代の罪悪感はさらに高まっていった。
会社で同僚の黒岩が会社の金を持ち逃げした事件が起こる。社長は、黒岩を訴えると豪語するが、田代の心は複雑だった。やがて黒岩は逮捕される。自殺しようとしている寸前に捕まったのだと言う。様々なことが田代の気持ちを追い詰めていく。そしてとうとう、田代は杉本に全てを告白するが、杉本は、信じたくないし、今さらどうしようもないと田代を殴る。帰宅した田代は雅子に杉本に話したことを告白する。そして、自主すると言う。それを聞いた雅子は、以前、田代から預かった毒薬をグラスに忍ばせることにする。浜辺、田代が亡くなり、子供達と戯れる雅子の姿で映画は終わる。
少々くどいながらも、ぐいぐいとスクリーンに惹きつける緊迫感は半端ではなく、警察の捜査があるであろうと思われる一般的な流れを一切排除して、徹底的な心理ドラマに終始した作りはあっぱれなものである。こう言う映画の作りもありだと感心する一本でした。