くらのすけの映画日記

大阪の社会人サークル「映画マニアの映画倶楽部シネマラムール」管理人の映画鑑賞日記です。 あくまで忘備録としての個人BLOGであり、見た直後の感想を書き込んでいるので、ラストシーンまで書いています。ご了承ください

映画感想「美しい夏」「あゝ零戦」

「美しい夏」

ハッとするほどの美しい画面が散りばめられ、全体に繊細な絵作りが光る作品ですが、語りたい物のが浮かび上がって見えてこないのが少し物足りない作品でした。でも主人公ジーニアと憧れの女性アメーリアの好対照な配役がキラキラと光っていて映画がとってもみずみずしく仕上がった映画でした。監督はラウラ・ルケッティ。

 

1938年、ジーニアが颯爽と家を出て職場である洋裁店へ向かう場面から映画は幕を開ける。いつも人より先に来て準備をするジーニアのことをオーナーは気に入っていた。さらに、彼女のさりげない才能にも注目していた。ジーニアは大学に通う兄セヴェリーノと二人暮らしだった。この日、同郷のローザ達友人と湖の辺りで水遊びをしていたが、そこで大人の雰囲気の美しいアメーリアと知り合う。彼女は絵のモデルをしていて、画家の前で裸になるという仕事だったが、それがジーニアには新鮮に、そして危険な香りを感じるものだった。

 

ジーニアは日頃の仕事が認められて、ウェディングドレスを任されることになるが、一方、アメーリアとも親しくなり、彼女が足繁く通う画家のロドリゲスとグィードのアトリエにも顔を出すようになる。そしてグィードに心惹かれ始めたジーニアは彼と体を合わせることになる。そんな生活の中、ジーニアは洋裁店の仕事がおざなりになり、とうとうクビになってしまう。その頃、アメーリアは自身が梅毒に感染したことを告白する。しかしジーニアはアメーリアに友達以上の愛情を抱き始めていた。

 

アメーリアは梅毒の治療を始め、一方モデルの仕事も続けていたが、ジーニアはグィードとの関係に疑問を抱き始め、アメーリアの居場所を求めてロドリゲス達のアトリにやってくる。そして、自らもモデルになろうと服を脱ぐが、やはり、自分にはできないことだった。そんな経緯の中、ジーニアとアメーリアは疎遠になってしまう。

 

この日、ジーニアは、いつもの友達と湖畔に遊びに来ていた。セヴェリーノはデートだからとこなかったが、湖畔で休むジーニアの前に、元気に回復したアメーリアが現れる。歓喜したジーニアはアメーリアに駆け寄り二人は抱き合って映画は終わる。

 

雪の降る中のジーニアスの姿や、湖畔の情景、洋裁店の前の街並みなど、絵作りが実に美しい。ストーリー展開もしっかりしているのですが、ジーニアの存在感がアメーリアに完全に飲まれてしまって、二人の過去と未来のドラマが今一つ深みに欠けてしまい映画が浅くなってしまった気がします。決して出来が悪い映画ではありませんが、思い切った切り込みがどこかにあるともっといい作品になったかもしれません。

 

 

「あゝ零戦

たわいのない戦争映画という一本。雑な脚本と、安直な展開で、零戦の半生的な物語を描いていく。特撮も普通だし、戦闘シーンも特に秀でていないものの、この映画の公開時、残っていた零戦が難波高島屋屋上に展示されるイベントとおそらく零戦ブームに乗って作られたのであろう。監督は村山三男。

 

南方の日本軍海軍基地では零戦乗り達が息巻いていたが、次第に物量戦で日本軍は劣勢になり、さらにグラマンの登場などで零戦の威容も翳りを見せ始めていた。次々とベテランの飛行機乗りが亡くなり、零戦も減っていく中、戦闘機としての零戦から爆弾を積んでの爆撃機への変更を余儀なくされていく。さらに戦争末期、沖縄に米軍が上陸するにあたり、ついに零戦は特攻隊として使用され始める。映画はこの流れをさまざまな人間ドラマやエピソードを交えて描いていき映画は終わる。

 

普通の戦争映画という一本でした。