「アイム・スティル・ヒア」
1970年代、軍事政権下のブラジルでの実在した家族の四十数年の物語。やはり、生きている世界が違うとこれほどまでに人は強くなれるものかと思う。突然の逮捕や、消息不明という状況下でも、取り乱さずに整然と対処していく姿は、映画のクオリティ以前に、胸に迫るものがありました。力作と言える一本でした。監督はウォルター・サレス。
1970年、軍事政権下のブラジルリオデジャネイロの海岸で、楽しく遊ぶ少年少女たちの姿から映画は幕を開ける。ビーチバレーなどをしながら過ごすヴェラやエリアナらの家族は日々平和に過ごしていたが、時折通り過ぎる兵隊を乗せたトラックなどを見かけると、緊張した空気感は拭えなかった。彼らの父ルーベンス、母エウニセは子供達を可愛がる日々だったが、ある日、謎の男たちがやってきて、ルーベンスは取り調べがあるからと連れ去られてしまう。
さらにしばらくして、エウニセと年長の娘エリアナも顔に頭巾を被せられて逮捕されてしまう。エリアナはしばらくして帰宅できたが母エウニセは十日以上も拉致されてしまう。ようやく自宅に戻ったものの、ルーベンスの行方は全く分からず、エウニセは、夫の知人らを頼って、情報を集める。そして、どうやら殺されたらしいことがわかる。
エウニセは、サンパウロに移住することを決意し、家族全員でサンパウロへ向かう。それから25年が経つ。今は弁護士として仕事をするエウニセの元に連絡が入る。ルーベンスの死亡証明が発行されたという。民主化がなって軍事政権下のさまざまな非道が明らかになり、ようやく、ルーベンスは殺されたということが政府によって認められた。そしてさらに時が流れ、今は老齢になったエウニセを周りに子供達も集まり、この日この家族恒例の写真撮影が行われていた。ニュースでは軍事政権下に行方がわからなくなったままの大勢の人々の姿が映し出されていた。こうして映画は終わる。
実話を元にしたとは言え、そして大きなうねりを作り出した作劇ではないとは言え、ぐいぐいと胸に迫ってくる重苦しさを感じさせる作品で、自分たちのような平和な世界で暮らしている人間には到底その本当が見えてこない迫力を感じてしまいます。見応えのある一本、そんな映画でした。
「キムズビデオ」
ニューヨークにあったキムズビデオというレンタルビデオ店のドキュメンタリー。フィクションかと思えるような終盤の展開はドキュメンタリーとしても異色の作品で面白かった。監督はアシュレイ・セイビン、デビッド・レッドモン。
1987年、韓国系の移民キム・ヨンマンは、ニューヨークでレンタルビデオ店を開業。世界中から取り寄せられた作品は海賊版なども含まれるが貴重な作品だらけだった。そんな語りから映画は幕を開ける。やがてレンタルビデオの時代が終わって、キムズビデオも2008年に閉店されたが、貴重な作品群はシチリア島のサレーミ村に移されていた。
当初の約束ではその地でビデオを公開できるようにするはずだったが、キムズビデオの元会員レッドモンらスタッフが調査すると、管理体制もずさんで、当初の約束も守られず放置された状態だった。危惧したレッドモンらは、そのビデオをもう一度ニューヨークに取り戻すべく、名だたる映画人の仮面をかぶって侵入して持ち出し、その後、サレーミ市長にも公式に許可を受けて全てニューヨークに取り戻す。キム・ヨンマンにも連絡し、もう一度ニューヨークで公開できる場所を模索、なんとか収蔵できることになって映画は幕を閉じる。
ドキュメンタリーなのですが、本当にドキュメンタリーなのかという展開をするのはなかなか面白い。しかも、こういうコレクションがあるのかと思うとそれも興味深かった。
「KNEECAPニーキャップ」
軽快なテンポとモダンな映像で心地よく展開する物語ですが、画面の至る所に散りばめられる過激なフレーズとシーンの数々、そしてコミカルなシーンの数々がとにかく楽しい一本。アイルランド語という存在も知識の外でしたが、それを守り貫こうとするニーキャップKNEECAPというグループの存在も斬新で面白かった。監督はリッチ・ペピアット。
ベリファスト、一人の青年ニーシャが生まれるところから映画は幕を開ける。洗礼を受けようと森の中で集まっていたら、反政府軍の集まりと間違われてヘリコプターが近づいてくる。そんなオープニングから、ニーシャは幼馴染のリーアムとドラッグディーラーで生活をしていた。リーアム=モウグリは麻薬取引で捕まったが英語を話すことを拒みアイルランド語で捜査官に楯突いていた。困った警察は通訳として音楽教師のJJを呼ぶ。
JJは、モウグリを庇っているうちにモウグリが持っていた手帳のアイルランド語の歌詞を見て、その才能に気がつく。JJは、自宅ガレージにスタジオを持っていた。リーアム=モ・カラ、モウグリ、JJ=DJプロヴィはアイルランド語のヒップホップを始める。しかし、彼らに様々な方面からの圧力や妨害がかかり始める。
ニーシャの父アーロはアイルランド独立運動に関わっていたことからイギリス当局に目をつけられ、自ら死を偽装して逃亡している。妻のドロレスは息子たちの行動をじっと見守っている。リーアムはジョージアという女性と恋愛関係になりますが、ジョージアの母親は警官で、警察署で顔見知りである。JJは教師という立場上、KNEECAPに参加してアイルランド語擁護で過激なパフォーマンスをすることは妻に気が引けるためニット帽をかぶって活動をする。
しかしKNEECAPの活動はどんどん支持され始め、大きなライブを企画する。それを当局が規制し始めたため、ドロレスらが立ち上がり、仲間を募ってステージは大盛り上がりするが、警官の突入などで、大混乱。そこへ、逃亡していたアーロも現れ、ニーシャらは捕まったものの無事に出られ、警官に捕まったリーアムはジョージアの母親に暴力的に取り調べられたりする。JJは妻にとうとうKNEECAPのメンバーだとバレてしまう。こうしてKNEECAPの活動はさらなる盛り上がりを見せて映画は終わる。
KNEECAP結成までの半ドキュメンタリー形式だが、かなりの部分がフィクションである。コミカルでハイテンポな展開と、アニメを挿入したモダンな絵作りが面白い作品で、それでいて、民族運動という、ちょっと日本人には分かりづらいメッセージを盛り込んでいるという奥の深さも見られる逸品。ちょっと見応えのある映画でした。

