小学校の頃、父の自転車の荷台に乗せられて近所の映画館に連れて行ってもらって見たゴジラ映画、多分生涯で初めてスクリーンで見たえ映画、大人になってやっとスクリーンで再見。映画の出来云々より、円谷英二の特撮や、当時の世相を反映したゴジラ像を今となっては楽しむ映画だった。監督は福田純。
恐山で、遭難して死んだと思われている漁師をしている息子が生きているというお告げを聞く場面から映画が始まり、その息子の弟が東京で、捜索を再開してくれと警視庁にやってくる。しかし、相手にされず、たまたま見かけたラリーダンスコンクールのポスターを見て、その商品のヨットが欲しくて会場へ行く。そこで知り合った若者らと港のヨットに潜り込んだら、金庫破りをしている男と遭遇し、そのまま南の島へ向かう。途中嵐に会って無人島に打ち上げられた男たちは、そこで、核兵器を作っている謎の組織を目撃、その組織がインファント島から原住民を拉致して働かせている現場を見る。男達は組織に追われるが眠っていたゴジラを目覚めさせ、騒ぎの間に脱出を考える。海上にはエビラがいるが、組織の男達が作る黄色の液体がエビラを寄せ付けなかったが、原住民らは謀って偽の液体を作る。
ゴジラは目覚め、エビラと戦う。一方インファント島から連れてこられた原住民を助けるためにモスラを覚醒させる。モスラが原住民救出にやってくる。ゴジラは、組織の基地を破壊したので、組織は、核兵器自体を破壊するタイマーのスイッチを入れる。逃げた組織も、偽の液体のためエビラを避けられずやられてしまう。間一髪で原住民や若者達はモスラに助け出され、ゴジラも海に飛び込み、島は跡形もなく吹っ飛んで映画は終わる。
なんのことはないと言えばそれまでですが、エレキギターを多用した音楽に乗せて暴れるゴジラの姿など、製作当時の風俗を思わせる演出も面白い。なぜか突然現れる鳥の怪獣は、ウルトラQに出てきたリトラか、ラルゲユースかと思われるが、一瞬のゲスト出演も楽しい一本でした。
「南十字星」
いわゆる名作という感じの、非常に真面目に丁寧に作られた作品で、無駄な反戦描写もなく、人間ドラマを徹底的に描いていく筆致が好感の一本。地味な映画といえばそれまでですが、日本でも戦時下を舞台にしたこういう静かなドラマが作れたというのは必見の作品と呼べるかもしれない。監督は丸山誠治、ピーター・マックスウェル。
昭和十六年、シンガポールを占領していた日本軍は中国系住民に対し非道な対応をしていたが、通訳として赴任していた田宮は、そんな圧政に嫌悪感を抱き、兄を守ろうとする中国系の女性に温情を与えたりしていた。ここに、ペイジ大尉ら率いる英豪軍の特別攻撃隊は、日本の漁船を奪取して偽装し、マレー人に変装してシンガポール湾に潜入、七隻の日本艦船を爆破する。憲兵隊は、抗日ゲリラの破壊工作として中国人らを検挙し、拷問を続ける。
翌年、ペイジ大尉らは、再びシンガポール攻撃のために向かうが、日本軍の迎撃に遭い、ペイジ大尉ら十人は捕虜として捕まってしまう。憲兵隊は捕虜の尋問を進めるがなかなか白状せず、拷問を実行することにする。しかし通訳として赴任していた田宮は拷問を阻止するべく、親しくなったことを利用して誘導尋問により真実を引き出す。結果、一時的にペイジ大尉と確執が生まれるがすぐに誤解が解け二人の間に友情が芽生えていく。
その後の取り調べの中、七隻の日本艦船の爆破もペイジ大尉らの仕業であると自白したため、彼らに軍事裁判が行われることになる。裁判の日、検察官立花は、ペイジ達の英雄的な行為を讃え、栄誉ある死刑を求刑する。参謀部は、次第に戦況が悪化する中、銃声にさえも気を使い、銃殺ではなく武士道による斬首という手段を申し渡す。ペイジ大尉は、友人である田宮に介錯を頼むが田宮は断る。
そして死刑執行の日、気が変わって駆けつけた田宮はペイジ大尉の介錯を行う。そして終戦後、田宮は捕虜となり死刑を求刑されるが、ペイジ大尉の詩集に書かれた日記から、田宮は無罪となる。そして昭和四十六年、オーストラリアの無名戦士の墓地に花をたむける田宮の姿があり映画は終わる。
特に中心の話に関わるわけではない脇役のそれぞれが実に良い味を出していて映画のクオリティを支えているのが良い。二時間を超えるのに思いのほか退屈もなくしっかり見ていられる脚本も良かった。なかなかの名編だった気がします。

