くらのすけの映画日記

大阪の社会人サークル「映画マニアの映画倶楽部シネマラムール」管理人の映画鑑賞日記です。 あくまで忘備録としての個人BLOGであり、見た直後の感想を書き込んでいるので、ラストシーンまで書いています。ご了承ください

映画感想「リモノフ」「ひめゆりの塔」(‘82)

「リモノフ」

詩人で革命家でもある実在の人物エドワルド・リモノフの物語。やりたい放題、言いたい放題に言動を繰り返す主人公の姿を、スタンダードからワイド画面、ところどころに配置された年代やオブジェを通り抜けて、時の流れや空間の変化を縦横無尽な映像表現で描いていく演出に圧倒されていくが、終盤にかけて、繰り返される彼の個性に振り回されて疲れて来る。演出はなかなか面白くて、主人公の破天荒さも相まって、バイタリティに溢れているのですが、今一歩入りきれないところもある作品だった。監督はキリル・セレブレンニコフ。

 

スタンダード画面、リモノフがラジオの収録か何かで会話をし、背後に彼の様々が映し出される。ソ連下ロシアで生まれたリモノフは、1950年代から60年代をウクライナハルキウで過ごしたというテロップから映画は幕を開ける。アンナという女性と知り合うも長続きせず、やがてモスクワに移り、反体制派や詩人たちが集う中で過ごすうちにエレナという女性と知り合う。リモノフは彼女と恋に落ちてロシアから亡命してアメリカへ移る。

 

アメリカへ渡るも職もなく、居場所もない中、エレナとも別れる。自らを世紀の大詩人、大作家と豪語するが孤独に苛まれていく。黒人の浮浪者と交わったり、何者かの銃で撃たれるという妄想もあり、虚構と現実、そして自らの体験を物語に書いていく。やがてフランス文学界で注目を集めたリモノフはフランスへわたり、作家としての名声を手にする。この日、ラジオの収録で、インタビューされながら答えていたが、ありきたりな質問を繰り返され、ついにきれて水をかけ、暴れて逮捕されていく。こうして反骨の作家としての彼の姿を追って映画は幕を閉じる。

 

とにかく、自らを大作家と豪語し、周囲の反応を無視して、思うままに生きて、その体験を本にしていく前半は面白いし、映像も独特で楽しい。しかし、フランス文学界で認められたと言う終盤が映像から見えてこないし、終始、好き放題な言動の彼の姿しか前面に見えないため、やや、リズムの緩急に欠けるのは残念。いい作品だとは思うけれど、もう一歩のめり込めなかった。

 

 

ひめゆりの塔

1953年、今井正監督が監督したもののセルフリメイクである。旧作は少々間延びした感じがしたが、今回はかなり削ぎ落とした感じで戦争娯楽大作として素直に見ることができた。群像劇なので誰が主人公という描き方はないけれど、丁寧な絵作りで、良質の一本でした。

 

第二次大戦末期、昭和二十年三月二十四日、沖縄師範女子部と県立第一高女の生徒二百名が軍の要請で南風原陸軍病院に特務看護婦として派遣される事になり、この日、現地へ向かうべく集まっている場面から映画は幕を開ける。彼女らは丘の中腹に掘られた豪を掘り進み、傷病兵を受け入れる準備をする。

 

米軍の猛攻撃が続く中、病院豪の中は負傷者でいっぱいになる。薬も包帯もなくなり、さらに水や食料も乏しくなって来る中、必死で看病する。戦禍が厳しくなる中、学校は生徒たちに一足早い卒業式を行う。生徒たちの中にも犠牲者が出始め、軍は病院を南部へ移動する事にする。犠牲を伴いながら、飲まず食わずの行軍でようやく糸洲集落に辿り着いた生徒たちは束の間の安らぎに心を許す。

 

しかし、間も無く米軍が迫ってきて、軍は看護婦たちの解散を命令する。生徒たちはこの村を後にし、崖と海だけの摩文仁の洞窟へ避難する。次々と米軍の攻撃が続く中、ついに全員が全滅してしまい映画は幕を閉じる。

 

悲惨な描写は最小限にして、クライマックスもかなり緩い演出になっているけれど、良質の映画だったと思います。