「季節はこのまま」
柔らかい色彩と、ユーモアあふれる会話劇の数々、そして今だから語れるパンデミック真っ最中、どこか不思議な感覚に入ってしまった人々の姿がとにかく微笑ましいほどに優しい。これという大きなドラマのないさりげない兄弟のさりげない家族の物語になぜか引き込まれてしまう作品だった。監督はオリビエ・アサイヤス。
静かな森の中に佇まいする懐かしい家々の紹介、揺れる木々の囁きが聞こえるような柔らかい緑の色彩の映像から映画は幕を開ける。パンデミックによるロックダウンで外出もままならない状況になった映画監督ポールは、音楽ジャーナリストの弟エティエンヌと暮らしている。幼い頃過ごした家で、それぞれの伴侶モルガンとキャロル共々、窮屈ながらも、忘れていたかつての静かな生活と愛を見つめ直している事に気づいていく。
ポールには離婚した妻との間に娘がいて、テレビ電話を通じて話をしたりする。執拗に神経質なポールに何かにつけて反抗的なエティエンヌだが、そんな兄弟喧嘩も懐かしい日々を思い出させてくれるようである。映画は淡々とそんな日々を語っていく。やがて、ロックダウンも段階的に解除されるらしい様子になっていき、この日、ポールは一人娘と過ごす時間のために元妻と会う。そして娘を連れ帰る車の中で、今住んでいる懐かしい自宅の所有を譲ることを説明して映画は終わる。
コロナ禍のギクシャクした時代を描いているけれど、実にユーモア満点でお話が優しくて温かい。今でこそ作れるといえばそれまでですが、色彩演出といい、細かなエピソードといい、とっても微笑ましく見てしまう作品でした。
「ピルクスの審問」
学生時代以来の再見。改めて見直したが、なかなか面白かった。サスペンスフルなストーリー展開、クライマックスに至る畳み掛けるような緊迫感、そしてその後に真実が明らかになる後の不穏な余韻など、原作の味を映像に見事に昇華させた気がします。もちろん、特撮は稚拙ながら、しっかりした宇宙船内のセットは見る値打ち十分。なかなかの佳作だと改めて認識しました。監督はマレク・ピェストラク。
一体のアンドロイドが作られていく場面から映画は幕を開ける。そのアンドロイドが搬出され、物語は本編へ。国連はこのアンドロイドを宇宙船のメンバーに加えられるかどうか、今後とも生産するかどうかの判断のため評価してもらうべく冷静沈着なピルクス司令官に調査してもらう事にする。サイボーグを生産するアトミックラボラトリー社は、もしピルクスが否定的な意見を出したら生産が中止されると判断し、巨大トレーラーでピルクスを亡き者にしようとするが、ピルスクは難を逃れ、今回の任務を受ける事にする。
ピルクスは誰が人間で誰がアンドロイドかわからないクルーを従えて土星へのミッションに旅立つ。宇宙船内でピルクスは様々なテストを編み出す一方、クルー達の中にもピルクスに手を貸そうとする者や、自らサイボーグだと名乗る者なども現れる。そんな中、ピルクスが自室を留守にした間にビデオデータが持ち込まれていた。そこには、アンドロイドが人間に服従する事はないという断言した映像が写されていた。
やがて土星の輪の中に調査船を送り込むミッションの時がやってくる。一機目の調査船は成功したが二機目は発射されず、このままでは本体の宇宙船が危険になる事態になる。クルーの一人カルデルは、宇宙船の軌道を変えて奈落の底に追いやろうと操作し始める。全ての計画を立てたのはカルデルだったが、ピルクスが何の指示もしないために混乱してしまったのだ。ピルクスはハリーと共に危機を脱し、カルデルは自分の計画を進めんと強引な行動をとった結果自壊してしまう。
地球に戻ったピルクスは国連の査問会に出席していた。何の命令もしなかった事で高価なサイボーグが破損されたという事だったが、ピルクスはあえて命令しない事でサイボーグの弱点を指摘したと弁明、さらにカルデルに仕込まれていたブラックボックスから、全ての映像が明らかになり、ピルクスは無罪となる。しかし、彼に自らサイボーグだと言ったクルーの手には、サイボーグだとバレた際に見られたという傷が残されていたし、果たして本当にサイボーグがどれくらいの進出しているのか疑問を持ちながら、親友と山登りをするピルクスの姿で映画は終わる。
展開の面白さ、サスペンスの面白さ、そんな様々がよくまとまっている一本で、今回見直してその出来栄えの良さを改めて実感しました。
「寄せ集め」
コミカルに展開するブラックユーモア満載の短編SFドラマ。監督はアンジェイ・ワイダで、何とも面白い組み合わせを楽しめる一本でした。
ラリーの会場、一人の男フォックスが陽気に車に乗るが、大事故に遭う。ストレッチャーが出入りする病院のシーンをコミカルに映してタイトル。フォックスの兄嫁が保険金を請求できるかどうかという案件を受けた弁護士のポールがフォックスを訪ねてくる。大事故で生還したフォックスだが、兄の臓器を貰い生還したのだ。兄は3分の2の臓器は別人に与えているので、死亡と見做すのかどうかと保険会社に言われているのだという。
間も無くしてフォックスはまたラリーに出て大事故を起こし、観客を巻き込んだ事で様々な人間の臓器を得て生還する。そんな寄せ集め人間が何度もできる様子をコミカルに描いていき、生還するたびに女になったり、犬が混ざっていたりとブラックユーモア満載で展開して映画は終わっていく。
医療を揶揄したコミカルな展開をハイテンポで描いていく作品で、とにかく楽しいの一言の一本でした。
「ソラリス・モナムール」
スタニスラフ・レムの「ソラリス」に感化されて、七十本近い映像で描いた短編ドキュメンタリー。監督はクバ・ミクルダ。
正直なところ、何をどう見る物なのかよくわからない映画だった。



