「愉しき哉人生」
戦時中の景色や風情を楽しめるとともに、見ているだけでほのぼのと気持ちが明るくなってしまう心地よいミュージカル喜劇だった。監督は成瀬巳喜男。
小さな商店街、といっても向かい合わせに軒を連ねる一軒の床屋から物語は始まる。これという何もない平穏な街中、そんな街に、たくさんの荷物を荷車に積んで、相馬という男が小さな女の子と息子の嫁らしい女性を連れてやってくる。どんなものも治すし、どんな事もやりますという今で言うよろずやのような看板を出し、朝早くから町中の通りを掃除したり、さまざまな節約のアイデアや、日々の出来事を楽しく読み替える術などを人々に教えていく。最初は奇妙な人間だと訝っていた街の人々もいつのまにか相馬の人柄に引き込まれ、それぞれが心穏やかに明るく暮らし始める。ところがそんな時、突然相馬は東京へ帰っていく。こうして映画は終わる。
第二次大戦中の殺伐とした人々の心を癒す一本という娯楽映画で、成瀬巳喜男らしい色合いも残しながら、多重露出でファンタジックなシーンを作り出したり、コミカルな会話や陽気なミュージカル風のシーンを挿入したりと、見ていて思わず顔が微笑んでしまう。時代背景を考えるととっても存在感のある作品だった。
「歌行燈」
これは名編だった。衣笠貞之助版も見たことがあるが、今回も素晴らしい作品でした。美しい絵作りとテンポのいい展開、無駄のないシーンの組み立て、そして圧巻の山田五十鈴の舞。素晴らしかった。監督は成瀬巳喜男。
能舞台、恩地源三郎が舞う舞台から映画は幕を開ける。源三郎、息子の喜多八、叔父の雪叟の三人は当代一の能役者として名を馳せていた。伊勢に向かう途中の古市に逗留した際、現地で謡の名手と人々が噂する按摩の宗山の噂を聞いた喜多八は、父に黙って会いに行き、その謡を聴くが、所詮素人芸と見下して、合いの手を入れて宗山の鼻を挫いて帰ってくる。その帰り道、1人の女お袖と会う。ところが翌日、それを恥じた宗山が首を括って死んだことを知る。それを知った父源三郎は、喜多八を破門として勘当してしまう。地元でも評判の良くなかった宗山の死は皆が歓迎したが、芸で命を奪ったと源三郎の怒りは収まらなかった。そして二年が経つ。
喜多八は父の命令通り一切謡を歌うことをやめて門付で暮らしていた。ある時、一人の門付仲間の次郎蔵に呼び止められて一度はいちゃもんをつけられたが、喜多八の謡のうまさに惚れた次郎蔵は喜多八としばらく商売をする。喜多八は命を奪った宗山の夢を見るようになり、心配した男は、宗山の娘お袖が自分の姉の料理屋にいることを話す。お袖は不器用で三味線も弾けず姉も困っているのだという。
男と別れた喜多八は次郎蔵の姉の料理屋を訪ねる。そして、お袖に謡の舞を七日の間で教えることを約束し、松原の中で毎朝、お袖に舞を教える。七日目、一人前に舞を身につけたお袖に、喜多八は別れを告げて去っていく。一方源三郎と雪叟は、因縁の名古屋での舞台のために逗留していた。次郎蔵の姉の料理屋を出たお袖はこの地で芸者をしていた。源三郎はたまたま呼んだ芸者が三味線も弾けず、素人ながら舞を舞うと言われて、話の種に踊らせてみた。その頃、この地で門付をしていた喜多八は、あんまの笛に怯えて酒に溺れていた。
お袖の舞が尋常ではないとみた源三郎らは、習った経緯を知り、教えたのが喜多八だと確信、雪叟は自ら鼓をうち始める。酒を飲んでいた喜多八は叔父の鼓の音を聞き、源三郎らのいる料理屋へ駆けつけ、父らと再会、源三郎は喜多八の破門を解き、家元に戻ることを許す。全て元通りになった姿で、毅然と舞うお袖の姿で映画は終わる。
素晴らしい一本。芸道者ではあるが、無駄なシーンを一切排除したテンポのいい作りと美しい構図、景色のショットにどんどん引き込まれていきます。素晴らしい名編だった。いい映画を見た。
「主人公」
デリーへ向かう列車の中というワンシチュエーションで描かれる一人の映画スターの半生のドラマ。なかなか面白い一本でした。主人公の物語の傍に配置されたさりげないエピソードが映画に面白い厚みを持たせてきて、ラストは一気に現実世界に引き戻されたような錯覚になり、まるで列車内が夢物語のように錯覚してしまう演出が上手い。監督はサタジット・レイ。
人気の映画スターアリンダムが服装を整えている場面から映画は幕を開ける。デリーで催される何かの賞の受賞に向かうらしい。出かける寸前、新聞記事に、アリンダムが暴行事件を起こしたというカットが入るが、アリンダム自身は、自分を侮辱した報いだと堂々とした態度で出かける。
群衆の中、列車に乗り込んだアリンダムの姿に乗客は嬉々として喜ぶ者、映画を嫌う老人、広告会社を営み、大口のクライアントを見つけてアプローチする男などなどが描かれていく。そんな中、アリンダムに一人の女性アディティが近づいてくる。彼女は現代女性という雑誌の記者だった。映画スターとしてのアリンダムを記事にしたいからと話してくる。そんな彼女にアリンダムは、これまでの様々な出来事を回想していく。
金に埋もれて蟻地獄の中に沈んでも、自分が兄と尊敬する男は助けてくれなかったという夢を見た話。俳優デビュー時に先輩俳優から侮辱を受けたこと、女優になりたいとアリンダムのところに押しかけてきた女性、学生時代、デモに参加していた時の仲間が出世したアリンダムの前に現れて利用しようとしたり、などが回想されていく。そんな物語の合間に、大口クライアントと契約しようと妻を差し出さんとする男、そんな夫に、自分は女優になりたいから承諾してくれと持ちかけたりする。アリンダムと同じ部屋には微熱の少女がいる。ほとんどの話を語り終えたアリンダムは、自分の孤独さに嘆き酒に酔ってアディティを呼び、先日なぜ暴行事件を起こしたかを語ろうとするが、アディティは、聞こうとしない。アディティは、今にも飛び降りそうな様子のアリンダムを部屋に帰す。
翌朝、酔いが覚めたアリンダムの前で、アディティは取材のメモを破り捨て、これからもスターでいてほしいと告げる。同室の微熱の少女も熱が下がり、アリンダムがいたからだと母親が感謝し、サインを求める。大口クライアントをものにしようとしていた男の部屋には宗教団体の幹部がいて、広告の相談をしたいからと男の名刺を求める。やがて列車はデリーに着き、ファンに囲まれるアリンダムの姿をドキュメンタリー風のカメラワークで追って映画は終わる。
栄光を手にした一人の男の半生と苦悩、そして孤独を記者の目を通じて描く一方で、彼に絡む人々のドラマを傍に配置し、非常に分厚い作品に仕上がっています。ちょっと面白い一本でした。


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