「港のひかり」
古臭い一昔前の物語という感じの一本。登場人物の行動の動機付けが非常に甘くてストーリーが深くなっていかないので、役者陣の熱演が空回りしたように思いました。脚本が甘いのかもしれませんが、木村大作が35mmフィルムを駆使した映像は美しい。でも、映画としては普通の一本でした。監督は藤井道人。
かつてヤクザの河村組の幹部だった三浦は今は堅気となって小さな漁村で漁師をして暮らしていた。周囲の冷たい視線を浴びながらも慎ましやかに生活し、唯一荒川という老人だけが彼の味方だった。そんな時、目の見えない少年幸太と出会う。彼は交通事故で両親を亡くし、事故の時に失明、今は叔母夫婦に育てられていたが、この夫婦は幸太の両親の財産を横取りし幸太にも虐待する日々だった。そんな幸太に三浦は哀れみを感じるうち親しくなっていく。
三浦は幸太を病院で検査させ、手術すれば目が見えるようになるかもしれないことを知る。三浦はかつての弟分大塚に頼んで河村組の麻薬取引の日時を教えてもらい、その取引の金を横取りする。そしてその金で幸太に手術を受けさせ、叔母の家から施設に移るように手配して、自らは自首する。そして十二年の歳月が経つ。
この日、三浦は出所してきたが幸太には居場所も連絡もしなかった。荒川が幸太と三浦の間の手紙のやり取りだけを請け負っていた。幸太は今は刑事になり麻薬取り締まりをする日々だったが、叔母の家を訪ねた際、三浦が幸太の手術の金を出したことを聞いてしまう。幸太は三浦の素性を調べ、荒川をつけて三浦の居場所を突き止める。その頃、河村組の二代目石崎は十二年前の事件で三浦の居場所を弟分だった大塚に探らせていた。そして、三浦のことを見逃していた大塚を殺し、三浦に連絡を取る。
三浦はこのままでは幸太にも迷惑がかかると判断し、一人石崎の元へ向かう。そして石崎の前で、若頭の八代に痛めつけられ、あわや殺されるかというところへ、幸太が駆け込んできて石崎を撃つ。そこで撃ち合いの末、石崎は八代に裏切られて殺され、三浦も重傷を負う。三浦は最後に幸太に自分を逮捕するように頼み手錠を受ける。時が流れ、子供を抱いて港町にやってきた幸太は荒川と会って映画は終わる。
シンプルな話ですが、やや古臭さを感じる上に、叔母夫婦があっさり改心したくだりや、三浦が幸太を助けようと考える動機の心の動きが今ひとつこちらに訴えかけてくるものがなく、三浦に絡む老刑事田辺の存在感も薄い。もうちょっと人間ドラマとしての厚みが欲しかった。
「小さなロバ、ビム」
詩人ジャック・プレベールがナレーションを追加して劇場公開された傑作。ロバと少年たちのお伽話のような美しい物語を詩篇のごとく描く中編で、短い話に盛り込んだストーリーが盛り沢山の中身の濃い一編でした。監督はアルベール・ラモリス。彼のデビュー作である。
砂浜を走るロバと子供達の姿からジャック・プレベールのナレーションが被って映画は幕を開ける。この島では子供達がロバを飼う風習があった。アブダラが飼うビムはその中で特に美しいロバだった。領主の息子で、みんなに嫌われているメサウドはビムを欲しがるが、アブダラは拒否する。しかしメサウドの父親の手下がビムを無理矢理奪ってしまう。
メサウドはロバをいじめることしか思いつかず、ビムを繋いでペンキで色を塗ったりする。ビムは一旦メサウドから逃げようとするがまた捕まってしまう。アブダラはビムを取り返そうと領主の屋敷に忍び込む。おりしもメサウドはビムの耳を鋏で切ろうとしていた。アブダラが叫んだのでメサウドは手を止めるがアブダラは捕まって牢に入れられてしまう。
メサウドは反省して、アブダラを逃がそうとする。領主はビムを食肉屋に売ってしまう。メサウドはアブダラを逃して二人でビムを助けに行こうと考えるが、ビムが売られた店に二人の泥棒が入り、ラクダやビムを盗んで逃げてしまう。メサウドとアブダラはビムを取り戻そうと子供達と後を追っていく。泥棒は海に出てビムらを船に乗せる。その船を追ってアブダラたちも船に乗る。そして、最後にビムを助け、彼方に向かって漕ぎ出して映画は終わる。
たわいない話ですが、白い白亜の建物や海辺の景色、子供達や動物の素朴な姿が美しい。台詞が少なく、モノクロ映像でカメラが物語を語っていく感じの作りなので、ナレーションがあってこその作品ですが、楽しい一本でした。
