くらのすけの映画日記

大阪の社会人サークル「映画マニアの映画倶楽部シネマラムール」管理人の映画鑑賞日記です。 あくまで忘備録としての個人BLOGであり、見た直後の感想を書き込んでいるので、ラストシーンまで書いています。ご了承ください

映画感想「九月と七月の姉妹」

「九月と七月の姉妹」

シュールで不思議なサイコホラー的な映画だった。約十ヶ月しか変わらない年の姉妹の歪な絆が、いつのまにか歪んだ心理ドラマを生み出していく不穏さがなんとも不気味に怖い。決してホラー映画ではないのですが、思春期の少女の不安定な心理ドラマの不思議さがシュールなタッチで描かれる様に引き込まれる一本でした。監督はアリアン・ラベド。

 

十ヶ月違いで生まれた姉のセプテンバーと妹のジュライが、母シーラのモデルとなって写真を撮られている場面から映画は幕を開ける。シングルマザーのシーラは写真家のようで、勝気な姉セプテンバーは何かにつけて内気なジュライを守る立場でどこか支配的な関係を保っていた。二人は時折「セプテンバーの指示にジュライが従い、できなければ命を一つなくす」と言うゲームをし、ジュライはセプテンバーの言う通りに従いながらも姉を慕っていた。

 

ジュライは、クラスメートのライアンに気があり、視線を送るようになる。クラスではセプテンバーとジュライは気味悪がられて、何かにつけてジュライはいじめに遭い、セプテンバーが報復することが日常茶飯事だった。しかし、ライアンはジュライのスマホに、気のある風のメッセージを送り、ジュライも本気でライアンを好きになっていく。そして、ジュライはトイレでライアンへの思いのあまり自身の裸の動画をライアンに送ってしまう。しかしそれは拡散され、学校でジュライは笑いものになってしまう。怒ったセプテンバーは、ライアンらを校庭に呼び出し、懲らしめようとする。空には雷雲が立ち込めていた。そして暗転。

 

シーラ達三人は海辺近くにある亡父の家セトルハウスにやってくる。シーラはこの地の酒場で男を誘い、気を紛らわせる。セプテンバーとジュライは、これまで通りの関係で遊んでいるように見えていた。二人が海岸で遊んでいると、地元の青年ジョンが現れ、今夜浜辺でパーティをするからと誘う。ジュライ達は夜、パーティに向かう。そこで酒に酔って、ジョンはジュライとSEXをする。

 

翌朝、汚れた体で帰ってきたセプテンバーとジュライだが、ジュライの服は血で汚れていた。セプテンバーはジュライを洗ってやる。そこに、ジョンが、ケーキを持って現れる。ジュライが玄関に出て、ジョンを家に入れて二人でケーキを食べる。いい感じになってキスをし、二人は抱き合う。ジョンが、自分は昨夜、初めて女性とSEXしたと言うが、ジュライは身に覚えはなく、昨夜ジョンが関係したのはセプテンバーだと告げる。

 

しかし、セプテンバーという女性はジョンは知らなかった。初めて、ジュライが普通ではないと思ったらジョンは怯えて逃げ帰ってしまう。実は、セプテンバーは、ジュライの報復にライアンらを呼び出した際、落雷によって死んでいた。ジュライは、二重人格で、セプテンバーとジュライの二役を演じていた。

 

呆然とジョンを見送るジュライにシーラが寄り添い、間も無くして車に乗った二人はセトルハウスを後にする。途中、ジュライは嘔吐したので、シーラはトランクからウェットティッシュを取るために車を出る。ジュライは一人車を出て、崖の上に立つ。そこにセプテンバーの声が聞こえて暗転映画は終わる。

 

サイコホラー的な作りの作品で、全編に不気味な空気が満ちている。何故二人は学校で気味悪がられているのか、何故シーラはあれほど男にだらしないのか、さまざまなところに普通ではない何者かを漂わせた演出がなんとも怖い。思春期の少女の不安定な心理を映像に昇華させたといえばそれまでですが、なかなか引き込まれる映画だった。