「ボディビルダー」
一見、ボディビルダーを目指す主人公の狂気の物語の如く始まるのですが、実際、両親が亡くなり祖父と二人暮らしの男の孤独と新たなる旅立ちを決意するドラマだった。その意味で、とっても良いヒューマンドラマだった気がします。光を多用した美しい映像演出も良いし、素直な物語だと思って見るとラストはなんとも言えない感動を覚えてしまいました。監督はイライジャ・バイナム。
ステージにボディビルダーとして立つキリアンの姿から映画は幕を開けてタイトル。場面が変わると、必死でトレーニングするキリアンの姿。祖父と二人暮らしで、部屋には憧れのボディビルダーブラッドの写真が所狭しと貼ってある。しかし、ステロイドを注射し、自分の体を痛めつけて邁進する姿は狂気的で、その副作用でもあるのか、すぐに感情が昂って切れてしまう不安定さがある。精神科のセラピーも受けながらトレーニングに励んでいた。
スーパーで働くキリアンは、レジで働くジェシーのことが好きだった。そしてデートに誘うものの、口下手なキリアンは早々に諦めかけていた。ところがジェシーから電話があり、デートしたいという。いそいそと出かけたキリアンだが、入ったレストランで延々とボディビルダーの夢を語ってジェシーに引かれてしまい、ジェシーはキリアンに黙って帰ってしまった。町で娼婦を誘うものの結局何もできないままだった。
自宅の内装塗装が薄いという祖父の意見を店に伝えたキリアンだが、店の対応が雑だったので、夜間、店に押し入って大暴れして帰ってくる。憧れのブラッドには電話や手紙を頻繁に出していたが一向に返事がなく、それは忙しいからだと自分を正当化していた。やがてボディビルダーの大会の日、キリアンが家を出ると塗装店の男たちがやってきてキリアンに暴行を加えて去っていく。傷だらけで大会に行ったキリアンはステージ上で倒れてしまう。さらに、勤務態度が悪いとスーパーの仕事もクビになってしまう。
すっかり自暴自棄になり、銃をネットで買い、撃つ練習などを始める。そんな時ブラッドから電話が入る。近々キリアンの家のそばで仕事があるから見に来いというものだった。憧れのスターからの連絡に嬉々としてキリアンはブラッドのところへ行く。そして仕事終わり、ブラッドはキリアンをベッドで抱く。翌朝、キリアンが目を覚ますとブラッドは家族に電話しているのを聞く。自分は遊ばれただけだと知ったキリアンは失意の中家に戻る。カフェで食事をしていると、以前自分に暴力を振るった塗装店の男が家族で来ていたので絡んで店で大暴れし、警察に捕まってしまう。
釈放されたキリアンは、銃を手にして、かつて自分の三頭筋が小さいと審査した審査員の家に押し込んで審査員を裸にして屈辱を与える。ブラッドからは全く連絡がなくなり、キリアンは銃を持ってブラッドのステージに向かう。そして演技をするブラッドを銃で撃ったような妄想を抱くが、すんでのところで思いとどまり戻ってくる。そして、祖父と抱き合う。キリアンは自身にようやく目覚め、自分の肉体写真を撮って部屋中に貼る。さらに銃を分解して捨て、ステロイドのセットもトイレに流し、新たに再出発する決意を持って冒頭のステージシーンになって映画は終わる。
主人公が苦しんでいたのは、ボディビルダーとしてのトレーニングの苦しさ以前の、父が母を撃ち殺して自殺、突然両親を失った空虚感からきた孤独ゆえの苦しみだった。そして、ようやく自分自身を見つめ直すことに成功して前に進む決心をした物語として見るべき一本で、その意味で、狂気の世界ではなく、ヒューマンドラマだったのではないかと思った。良い映画だった。
「楓」
もっとつまらない映画かと思っていたが、ちょっと切ないファンタジックなラブストーリーでした。導入部はかなり無理があると言えば無理があるのですが、中盤から後半にかけて、胸がキュンキュンしてくる感が湧き上がってきて、終盤はやや安直とは言え、双子のフェイクをさりげなく組み入れた作劇に、胸が熱くなってしまいました。監督は行定勲。
ニュージーランドでしょうか、広大な土地を走る一台の車、中には須永恵と木下亜子が楽しそうにドライブしている。前を羊が横切り、止まった車の中で恵は亜子に何か話そうとしたところでトラックが突っ込んでくる。こうして映画は幕を開ける。亜子と一緒に暮らす恵、実は双子の涼、はこの日も会社に出勤する。途中で服を着替えてカメラマンの仕事に向かう涼。涼は後輩の日和とこの日も仕事をこなしていた。
ニュージーランドでの事故の後、亜子に恵の死を伝えにきた涼は、亜子に恵と間違われ、涼はそのまま恵のふりをして亜子と暮らしていた。しかし、恵の仕事先の梶野だけはそのことを知っていた。亜子は行きつけのバーで雄介と話をしていたが、雄介はどこか違和感を持っていた。ある日、町で雄介と日和が恵になりすました涼と出会ってしまう。しかし、涼はなんとかその場を切り抜けた。
恵は生前、天体観測が趣味で、亜子と新彗星を発見しようと意気込んでいた。そして、亜子との家のそばに、個人の観測室を内緒で作っていた。その部屋をたまたま猫を探していた恵に扮した涼が発見、亜子もその部屋を見つける。
亜子は、事故の後、物が二重に見える後遺症に悩んでいて手術することが決まっていた。涼には仕事の出張だと言って家を出た亜子だが、涼が日和と仕事をしていて雄介と出会い、亜子がこの日手術だと知らされ病院へ向かう。一方日和は雄介のバーでニュージーランドでの事故を検索し、恵が死んでいることを確認する。さすがにこの展開は無理がある。日和は亜子の病室に行き、恵のふりをしているのは双子の涼だと告げるが、亜子は最初から知っていたと答える。
恵の葬儀の日、亜子が何気なく恵とのLINEを見ていて自分の投稿が既読になったのに驚いていた。一方、葬儀の日、涼はまさかと思って恵のスマホを顔認証したら開いてしまい亜子とのLINEを見てしまっていた。亜子の手術は成功、梶野は、亜子に、恵のふりをしているのは涼だと告げる。そして、亜子と恵が出会った高校時代の屋上、コーラスのソロパートを任されて悩んでいる亜子の写真を撮ったのは、たまたま風邪で写真部を休んでいた恵の代わりに涼が恵のふりをして撮った物だと真相を話す。
亜子は、恵のふりをしている涼とかつての高校へ行き、涼が恵のふりをしているのを知っていたことを告白して別れをいう、そして3年が経つ。亜子は今も新彗星を探していた。そして見つけたと思って国立天文台に報告したが、すでに発見されている物で、しかも同じ報告を別の若者からもきたと告げられる。涼は、かつて亜子と恵が向かったニュージーランドで写真を撮っていた。亜子は、一人涼を探しに行く。そして、ついに出会った涼に、「涼くん」と声をかけ、涼は高校時代、亜子にしたおまじないをしてやり映画は終わる。
少々エピソードを盛り込みすぎたのと、脇役が整理し切れていなくて、主人公たちの両親や友人、同僚関係が絡んでいる割に意味がない部分も多く、ちょっと書き込みすぎの気がしました。思い切って切るところは切ればもっと素敵で切ない映画になった気がしますが、まあこの程度の出来栄えなら良いかなという映画でした。

