くらのすけの映画日記

大阪の社会人サークル「映画マニアの映画倶楽部シネマラムール」管理人の映画鑑賞日記です。 あくまで忘備録としての個人BLOGであり、見た直後の感想を書き込んでいるので、ラストシーンまで書いています。ご了承ください

映画感想「CROSSING 心の交差点」「SEBASTIAN セバスチャン」

「CROSSING 心の交差点」

ちょっとした映画だった。主人公達、弁護士の話、貧しい少年少女と、三つに分けたた登場人物の景色を絶妙にオーバーラップさせて交錯させていって、終盤で一つに集約してラストシーンに繋ぐという映像演出が実に上手い。第三国の映画は、日頃触れない国柄が出て独特の世界を体感できるが、それ以上に、ヒューマンドラマとしてもしっかり描かれているのが良い。なかなかの一本でした。ラストはちょっと疑問符が残るものの、良い映画でした。監督はレバン・アキン。

 

ジョージア、海岸を一人の女性リアが歩いている。向かう先に一軒の家があり、アチという青年がベッドで目を覚ます。アチの兄は妻がアチの前で子供に乳を飲ませることさえ罵倒して、徹底的な男女感を持っている。この家にリアがやってくる。リアは元教師でアチの兄は教え子だった。リアは、イスタンブールにいる姪のテクラを探しに行くのだが、アチが親しかったらしいから居場所を知っているか聞きに来た。しかしアチが知らない風を見せたので一旦は家を後にしたリアだが、アチが追いかけてくる。テクラの住所を知っているし、言葉を通訳できるから一緒に連れていって欲しいという。リアはアチと一緒にイスタンブールに向かう事になる。

 

向かうフェリーの中、リアとアチがデッキで海を見ているとカメラが引いて一人の女性エヴリムを映し出す。彼女はNGO法人の弁護士でトランス女性だった。エヴリムはイスタンブールで白タクの男と知り合い体を合わせる。

 

アチ達がイスタンブールに着いたら、現地の少年と少女が、案内してやるとしつこくいうのでトランス女性が住むアパートへ連れていってもらうが、手がかりはなかった。とりあえずホテルに泊まるが、アチは夜中、街に出て、誘われるままにパーティに遊びにいき、エヴリムと知り合う。一晩遊んでいたアチを見て、リアは彼を追い出してしまうが、街で寂しそうにしているアチを見てまた一緒に探す事にする。アチはパーティで出会ったエヴリムに助けを求めてはどうかと考えていた。

 

男と一夜を明かしたエヴリムのところにNGO法人から連絡が入る。不当逮捕された少年がいるから助けて欲しいというものだった。エヴリムが警察に行くと、そこに冒頭の少年がいた。少年は友達の妹と一緒に流しをしたりして生活していた。エヴリムが少年らと食事をしていると、通りでテクラを探しているアチを見かける。そしてリアと話し、心当たりのある娼館へエヴリムが知り合った白タクの車で行く事にする。

 

娼館でエヴリムはテクラという女性の居場所を女主人に聞くが、ジョージアから来た女は、薬にハマってどん底に落ちたまま行方がわからないと答えて、テクラの残した荷物をリアに返す。リアはテクラの存在を実感するが、ジョージアに帰る事にし、アチも一緒に帰るかと聞くが、アチは、ここで仕事を見つけたいからと断る。二人の間には友情が芽生えていた。

 

一人港へ向かうリアだが一人の女性とすれ違う。その女性はリアを見て叔母さん?と声をかける。彼女こそテクラだった。二人は抱き合う。そしてホテルに戻りアチに、テクラを見つけるまでここイスタンブールに残ると告げる。テクラと出会ったのは幻想だったのか?フェリーに乗るリアの姿で映画は幕を閉じる。このラストがちょっとわからなかった。

 

三つのドラマが微妙に交錯し合い、やがて一つになっていくストーリー構成が巧みで面白く、全体の空気感は若干暗いが、ヒューマンドラマとしてなかなか優れていると感じました。良質の一本でした。

 

 

「SEBASTIAN セバスチャン」

ありきたりの展開とだらだらしたストーリー構成、繰り返されるしつこすぎるSEXシーンの連続、一貫性のないキャラクター描写、意味のない脇役の配置、どうしようもなく長く感じる作品だった。一体何を描きたかったのかという一本でした。監督はミッコ・マケラ。

 

主人公マックスが、中年の男性と部屋にいる場面から映画は幕を開ける。そして二人はSEXをする。マックスは文芸誌の出版社にフリーランスとして入り、書評などを書きながら短編小説を書いていた。その題材はセックスワーカーで、執筆のために、小説の主人公セバスチャンの名でマッチングアプリに登録し、男性と関係を持っていた。

 

マックスには同僚で友人のアムナという女性がいたが、真相は明かす事なく付き合っていた。彼の編集者は、彼の才能を認め、長編小説へのチャレンジを勧めていた。マックスは期待に応えるべくセックスワーカーの仕事でクライアントと逢瀬を繰り返し、その様子を小説にしていくが、いつのまにか、小説の主人公セバスチャンと自身のマックスとの境界があやふやになっていくのを感じ始める。

 

ここからの展開が実に雑でしつこく、紳士然とした男性と出会うことで自分の中の何かが目覚めたにも関わらず、さらに男娼として登録して最初に出会ったダニエルと会った際、パソコンを持ち込んで見つかり、自分のことが小説にされているのに激怒される始末。困ったマックスはニコラスに連絡し、全てを告白するが、ニコラスは怒らず最後まで書くようにと激励する。やがて長編小説が完成、この日披露会となっていた。小説の題名は「セバスチャン」、こうして映画は終わる。

 

ストーリーは実にシンプルで、あとはひたすらSEXシーンという映画。アムナや母親、出版社の面々など脇役がほとんど生かされておらず、主人公が男娼となって身を持ち崩し、自身は一人称となって小説が完成するという流れがただただダラダラ展開していく。もうちょっと全体を把握して仕上げていけば良かったのに、なんとも鈍長な映画だった。