「FRÉWAKA/フレワカ」
結局なんの話かと思うと、アイルランドの土着の儀式の恐怖を描いたホラー作品。不気味なシーンが連続して、何かが起こる怖さをこれでもかと描かれながら、終盤に何やらこの恐怖の原因が明らかになり、結果、悲劇的な結末に至り、救いも何もないエンディングとなる。驚くほど出来がいいわけでもないが、神とか悪魔とかいうありきたりではない恐怖はある意味斬新に思える映画でした。監督はアシュリン・クラーク。
一匹の黒山羊のカットからタイトル。アイルランドの山深い村、1973年、結婚式が行われようとしていて、藁の仮面を被った人々が通りを歩いてくる。賑やかな宴会風景、新郎新婦の幸せそうな姿だが、突然新婦のペグは、宴を離れて、嘔吐する。次の瞬間、何処かへ消えるが、探しにきた新郎は結婚指輪だけ見つける。
場面が変わり現代、一人の足をひきづる女性が部屋の中を彷徨き周り、顔に布をかぶって首を吊って死んでしまう。死体は綱が切れて床に落ちるが、間も無くしてこの女の娘シューとそのパートナーミラがやってくる。ミラはお腹が大きいが女性二人の夫婦である。ミラはこの家を片付け始めるが、母といい思い出のないシューはミラに任せて自分は介護センターから、赴任先が見つかったからという知らせに、ある村の認知症の女性ペグの元へと向かう。
ペグの家に着いたシューだが、なかなか中に入れてもらえず、無理やりシューは家に入る。しかしペグの態度は冷たかった。村人たちも何やら不気味で、何かの存在を感じてしまう。どこからともなく聞こえる歌声、蹄鉄で閉ざされた地下室に降りる扉、藁を被った人たちの祭りなど、この地の古い記憶がなぜか蘇ってくる。
シューが思い切って地下室に入っていくが、突然扉が閉じて閉じ込められてしまう。なんとか外に出たものの、そこで見つけたアルバムやスクラップを取りに再度地下へ向かう。一方介護センターから担当の職員がやってくるが、ペグは入れてはいけないとシューに訴える。シューが迎え入れたが、職員の女は忽然と姿を消す。ペグの薬をもらうためシューが村に出かけた隙に、ペグはシューが地下室から持ってきた書類を見つける。そこに、シューがペグの娘だという証拠があった。
帰ってきたシューにペグは全てを話す。ペグは、かつてこの村で結婚式を挙げたが何者かに連れ去られた。夫はペグを取り戻す代わりに生まれてくる赤ん坊を差し出すと約束をする。しかし、ペグは生まれてきた娘を養子に出してしまった。それがシューだった。約束を反故にされた何者かはシューを手に入れようとやってきていた。そしてシューを追って藁を被った人々が迫る。ペグは自分を身代わりにして欲しいと地下室に入っていくが拒否されてしまう。
二人は、二階の部屋に立て篭もるが外に何者かが迫る。そこにあった鏡を見つめていたシューは引き込まれるようになっていくのを見たペグは自ら死を選ぶ。部屋の外にミラの声が聞こえるがシューは最初は出ていかなかったが、静かになったので外に出ると、結婚指輪が地面に残されていた。シューは覚悟を決めて地下室へ降りていくと、その先に広大な丘があり、シューは花嫁衣装を着せられ、頭に冠をつけられる。丘の上には不気味な何者かが待っていた。シューの目から血が流れ始めて暗転。タイトルの後、シューを返して欲しいと泣き崩れるミラの姿でエンディング。
村人たちの不気味さもだが、黒山羊の意味や、少年や村の女の存在感がもう少し生かせていたらもっと面白くなっていたように思います。ローカルホラーという感じの一本ですが、派手なスプラッターもなく地味な作品でした。
「たしかにあった幻」
心臓移植の問題を物語の中心にして、死や命についてのテーマを真正面に描いていくなかなかのクオリティの一本でした。屋久島の大自然、心臓移植の対する日本と他国の考え方の相違、死というものの本質的な意味を失踪宣告を題材に捉えその先にある人間の命を捉えていく展開は流石に見事でした。あとは、好みの映画かどうかというだけですね。監督は河瀬直美。
2025年、神戸の病院で働くフランス人医師コリーの姿から映画は幕を開ける。日本では心臓移植のドナーが他国に比べて極端に少ないという現状がドキュメンタリータッチのカメラで綴られていく。そして時は3年前に遡る。屋久島の壮大な自然の中にいたコリーは、そこで一人の日本人の青年迅と出会う。二人は惹かれ合いやがて恋人関係になる。
コリーは小児心臓移植の促進に取り組んでいたが、日本の死生観や倫理観の相違に苦慮していた。コリーは病院でドナーを待つ一人の少女瞳と親しくしていた。この病院に同じくドナーを待つ少年人志が入院してきて瞳と親しくなる。コリーのさまざまなレクチャーにもかかわらず、病院内での意識改革には困難が募るばかりで、一緒に暮らす迅にもその苦しさが伝わり、迅もまた辛い思いをしていた。
そして迅は、誕生日の7月7日に突然失踪してしまう。さらに、ドナーを待っていた瞳の容体が急変して亡くなってしまう。一年後、コリーは迅を捜索する方法を、病院に出入りしていた弁当店の主人でもと警察官の亮二に相談する。ところが亮二が調べてみると、迅は一年前に、家族から失踪宣告が提出され、このままだと正式に死亡が確定することが分かる。コリーは迅の岐阜の実家を訪ねるが、迅の父は、希望を持って生きるより、亡くなった事で諦める方を選んだと言われる。
その頃、遊んでいた一人の少年が急死するという出来事が起こる。三日間脳停止の状態で、あと一週間で心停止するであろうとその少年の両親は医師に説明され、臓器提供の決断をする。その心臓は人志の元へ届けられることになり、折しも襲ってきた台風の中、心臓は搬送され、人志は心臓移植を受けられることになる。そして九時間に及ぶ手術ののち移植手術が成功して映画は幕を閉じる。
テーマは臓器提供推進するべき手段を問うものだろうと思うが、その根底にある、命や死生観に対する考え方を描いていくという筆致が実に上手い。前半のドキュメンタリータッチのカメラワークから後半一気にドラマチックな展開に変わる脚本の色分けも素晴らしく、映像作品としてもクオリティの高い映画に仕上がっていたと思います。いい映画でした。
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