「おさるのベン」
これと言って芸もない、C級レベルのグロテスクホラー映画だった。いわゆる「クジョー」の猿版である。チンパンジーは怪力なのでそれが引き起こす残忍さを売りにしただけの映画で、サスペンスも何もない雑な脚本で、見ていて飽きてくる。登場人物の設定が生かされることもなくキャラクターの面白みもない一本だった。監督はヨハネス・ロバーツ。
チンパンジーと会話をする研究をしていた博士のその成果がニュースに流れ、一躍脚光を浴びたが、その博士が亡くなったニュース、そして場面が変わり密林に置かれた檻に、獣医がやってくる。そして注射を準備していて、中に入るがチンパンジーがいない。奥に隠れているチンパンジーに近づいていくと突然襲われてデヴィッド顔の皮を剥がれてタイトル、36時間前に遡る。飛行機の中で騒ぐルーシーと、親友のケイト、そしてハンナたちの姿、機内でイケメンに色目を使う普通の女子たちは、父が住むハワイの高級別荘地へ向かっていた。
父は有名な小説家らしく、近々映画化が決まっているようだが、耳が聞こえなくて娘のルーシーとは手話で話す。別荘には妹のエリンだけが父に寄り添っていた。アダムは飼っているチンパンジーベンの檻に行き、マングースの死体を発見、ベンも怪我をしていたので獣医に連絡する。そして念の為、死骸を獣医のところで検査してもらう。父のアダムは映画化の話で留守にすることになる。
ルーシー達は早速パーティを始めるが、ベンの様子がおかしい。来たはずの獣医にも連絡がつかず、洞窟のようなところにあるプールのそばでベンが佇んでいた。エリンが近づくと、突然ベンはエリンの足にかぶりつく。アダムと暮らしているニックの機転で、水が嫌いなベンから逃げるために全員プールに飛び込む。
エリンの怪我は重症で、早く脱出しないといけないが、ベンがその場から動かず、身を挺してベンを崖から突き落とそうとしたニックも逆にベンに突き落とされてしまう。ベンの姿が見えなくなったので、ケイトとルーシーが、屋内のスマホを取りに行こうとするが、ついテレビのスイッチをつけてしまい、ベンを呼んでしまう。さらにクローゼットに隠れたが、中のものを落として音を立ててしまう。稚拙な演出が続く。
なんとか脱出したが、ガラスを突き破ってベンが襲いかかり、ケイトは殺される。そんな中、機内で声をかけたイケメン男子が遊びにくる。しかし瞬く間にベンの餌食になるが、その隙にハンナは車のキーを取って車に乗る。しかし、乗る車を間違えてキーが作動せず、スマホで警察に連絡するもベンに襲われて殺されてしまう。
そこへ、獣医からの連絡で心配になったアダムが戻ってくる。ルーシーが危険を知らせようとするが、ベンに襲われて、耳の聞こえないアダムが気が付かない。しかし、寝室に惨殺死体を発見し、ベンの存在に気がつき大乱闘。ルーシーやエリンも加わり、割れた瓶でベンはアダムに刺し殺される。しかし、さらに襲ってくるベンを、ルーシーが階下に突き落とし、ベンは落下して、下にあった折れた木に刺し殺されて死んでしまう。警察が来て三人は救出され映画は終わる。
登場人物のキャラクターわけをあまり活かせず、ベンがひたすら襲ってくるくだりの繰り返し。アダムが耳が聞こえない設定も全く面白く使えていない。惨殺シーンを見せてくるものの、その前後のサスペンスがちょっと物足りなくて、グロさの嫌悪感だけが表立ってしまった。この手のホラーはこんなものかなという映画だった。
「センチメンタル・バリュー」
これは傑作だった。カンヌ映画祭グランプリ受賞作。人は皆、人生もがきながら生きている。過去に後悔し、それでも前に進み、一方で、何かを犠牲にしても自身が求めるもののために孤独になっていく。そんな様々も人生を終盤を迎えるにあたり、何か修復したい欲望が湧き起こってくる。納得の上で生きてきたはずなのに、全ての後悔を注ぎたくなってくるのかもしれない。そんな、三世代、いや四世代の家族の物語を、ー軒の大きな家を舞台に描いていく筆致が素晴らしい。時に美しい色彩演出を施し、時に流麗なカメラワークを施し、登場人物達に、主人公の人生を投影しながらいつの間にか、映画なのか現実なのか、はたまた劇中劇なのか混濁させていく構成と展開に酔いしれて行きます。素晴らしい一本だった。監督はヨアキム・トリアー。
一軒の巨大な家、その家を生き物のように描いてみたいと作文にしている幼いノーラのセリフから映画は幕を開ける。この家の歴史の中で、祖母が亡くなり、父が家を出て、家は軽くなっていくが、望むのは賑やかに、家の中が重くなるほどに人が集った状態だという。場面が変わると、舞台女優として活躍するノーラの初舞台の日、緊張感で舞台に出て行けず、何度も何度も楽屋を行き来し、衣装を脱ぎ、スタッフの一人にビンタをしてもらい、開演が推す中、そしてとうとう舞台に立つ。そして大喝采。
場面が変わると、母の葬儀だった。妹のアグネスとアグネスの夫、息子のエリックと暮らすノーラの前に、幼い頃に家庭を捨てて離婚して出ていった父グスタヴが現れる。グスタヴは有名な映画監督だが、ここ十五年ほどは新作を撮っていなかった。そして葬儀の後、グスタヴはノーラに、次回作で、自伝的な作品の主演に出て欲しいと依頼する。自分たちを捨て、音信不通だった父に怒りを覚え続けてきたノーラは断固拒否する。
場面が変わる。この日グスタヴの回顧上映が行われ、大喝采の中、ファンに囲まれる。終演後、グスタヴは、アメリカの人気女優レイチェルに友達らとの食事に出席して欲しいと誘われる。食事の後、浜辺で色とりどりのパラソルの下で過ごし、グスタヴはレイチェルにすっかり魅了される。レイチェルもグスタヴの人柄に惹かれ、グスタヴは浜辺を走る馬車にレイチェルを乗せてホテルに帰らせる。
後日、グスタヴの新作の主演にレイチェルが決まり、この日、撮影場所にしたグスタヴの邸宅にレイチェルが訪れる。冒頭の屋敷である。この屋敷の名義はグスタヴのままだった。グスタヴの母カリンは、ナチス抵抗運動の闘志だったが逮捕され拷問を受けた過去があった。そして釈放されて十五年後、この邸宅で首を吊って自殺した。その部屋を見せられるレイチェルは、不思議な感覚にとらわれるが、カリンが首吊りの踏み台にしたという椅子は、実はIKEAで買った嘘の椅子だった。
撮影が始まり、本読みも繰り返されるが、レイチェルはどこかのめり込めないものがあった。全てノルウェー語ではなく英語に書き直された台本、感情が入り込めないセリフ、ノーラと同じ髪の毛に染めて欲しいというグスタヴの要求、そしてとうとう、自分はこの作品に出ることは無理だとグスタヴに告白し、グスタヴの家を訪ねて素直な気持ちを伝える。一方グスタヴは、アグネスの息子エリックにもこの作品に出て欲しいと打診していた。しかしアグネスは否定的だった。
その間にも、ノーラの舞台が上演されるが、グスタヴは、観にこられるのは嫌だろうと足を運ばなかった。レイチェルはノーラに会い、あの作品は、グスタヴの母の物語ではあるが、ノーラをモデルにしたものだと説明するが、ノーラの気持ちは変わらなかった。グスタヴは、アグネスに台本を届け、エリックの出演場面を説明しようとするが、アグネスは反対して出演を拒否してしまう。しかし、グスタヴが置いていった台本を読んだアグネスは、この台本が、カリンのことだが、ノーラを思い描いたもので、しかも、素晴らしい内容だと涙してしまう。そして、断固として出演を拒否するノーラに、とにかく読んでみて欲しいと台本を渡す。ノーラは言われるままに台本を手にする。
ノーラは、エリックを学校に送り出し、自らは自殺しようとロープを天井にかけるが、そこに、スマホを忘れたとエリックが戻ってくる。ノーラは再度、部屋に入り、何かを感じて思いとどまって、グスタヴの「カット」の声、完璧だという言葉が被る。グスタヴの映画の撮影場面だった。そして、ノーラとグスタヴは見つめ合い、自然と笑みが溢れて映画は終わる。
一軒の大邸宅を真正面で捉え、外壁や内装の色を次々と塗り替えながら、その時々の家族の思いを表現していく。そして、前半の海岸での巨大なパラソルのカットや、馬で引く馬車のショット、遠景で捉える景色、室内を流麗に、そして目眩くように動くカメラ、ノーラが出演する大ホールの内装、全てが物語を語って行き、映像を生み出していく。背後に被る、的確でパンチの効いた音楽もセンス良く、二時間を超えるのに全く間伸びしない。グスタヴは、自信をエリックに被せ、母の死を防げなかった自分への後悔を映画に反映する。そんな様々に、娘を捨てた自分の後悔も盛り込んでいく。本当に素晴らしい映画だった。
![[Paramount Pictures] 映画 おさるのベン 映画チラシ グッズ 公式 ホラー映画 2026 [Paramount Pictures] 映画 おさるのベン 映画チラシ グッズ 公式 ホラー映画 2026](https://m.media-amazon.com/images/I/416ZoxG-RVL._SL500_.jpg)
![[GAGA]映画 センチメンタルバリュー 映画チラシ ノルウェー グッズ 公式 親子喧嘩 2026 [GAGA]映画 センチメンタルバリュー 映画チラシ ノルウェー グッズ 公式 親子喧嘩 2026](https://m.media-amazon.com/images/I/41J3UZk4KuL._SL500_.jpg)