くらのすけの映画日記

大阪の社会人サークル「映画マニアの映画倶楽部シネマラムール」管理人の映画鑑賞日記です。 あくまで忘備録としての個人BLOGであり、見た直後の感想を書き込んでいるので、ラストシーンまで書いています。ご了承ください

映画感想「Shiva Baby シヴァ・ベイビー」「斬る」(岡本喜八版)

「Shiva Baby シヴァ・ベイビー」

ユダヤ教の葬儀シヴァで展開する丁々発止の会話劇コメディ。機関銃のように応酬されるジョークや面倒な申し出、さらに不穏な不倫関係、恋愛関係、親子関係が交錯する展開がとにかく目まぐるしいほどに面白い。ユダヤ教という厳格な宗教感が理解できればもっと面白いのかもしれないが、半ばブラックコメディの域に行きそうなストーリーは、一見の愉快さがある映画だった。監督はエマ・セリグマン。

 

パパ活をし、男とSEXしているダニエルの姿から映画は幕を開ける。そこへ電話が入り、母から、今日の葬儀に出ることの念押し。ダニエルは早々に男と別れてユダヤ教の葬儀シヴァが行われる家にやってくる。そこに、大きなバンに乗った父と母がやってくる。さらに、幼馴染の実は元恋人マヤもやってくるのを見かけるが、ダニエルとマヤは仲が悪かった。

 

とにかく家に入ったダニエルだが、どうやらかなり遠い親戚の葬儀らしい。ろくに親しくもない人たちから、さまざまなことを聞かれ、相手にされるのを胡散臭く思いながらいなしていたダニエルだが、そこに、さっきまでSEXしていた相手マックスが、実業家の美しい妻キムと赤ん坊を連れてやってくる。マックスはダニエルの父の知り合いらしい。

 

マックスが妻子持ちだということにもショックを受けたダニエルだが、何かと絡んでくる親戚たちにもうんざりし、気持ちが浮き足立って行く。マックスに、自分の裸の写真をスマホで送り付け、トイレでフェラしようとするが、マックスに程よく断られたことで、ダニエルは落ち込んでしまう。そんなダニエルにマヤは優しく接してきた。二人はレズ関係だった。激しく口づけをし、続きは後でと言って家に入る。

 

ところが、マヤは、トイレで、ロックが解除されたダニエルのスマホを見つけてしまう。そこには、ダニエルの客からのさまざまなメッセージが届いていた。マヤは、さりげなくダニエルにスマホのことを話し、ダニエルがトイレに行くが、スマホはなかった。しばらくしてキムに、ダニエルのスマホを返してもらう。さらに、ダニエルがマックスからもらったブレスレットは、キムも同じものをしていたことでキムはダニエルに疑いの目を向ける。

 

ベビーシッターをしているというダニエルに、わざと自分の赤ん坊を抱かせようとするキム、そんなキムに必死で繕おうとするマックス。狼狽えたダニエルは、教書を落としてしまい、その場の人たちの冷笑を浴びるがマヤが優しく接してくれる。帰るというダニエルに、ダニエルの様子がおかしいのを察した母が、父も誘い、帰り支度をする。そんな空気に全く気が付かない鈍感な父は、自分の車に無理やり、ダニエルだけでなく、マヤも、さらにマックス夫婦も押し込んで車が出発して映画は終わる。

 

全編、緊張感あふれるコメディで、少々宗教的な面白さは理解しづらいところもあるが、狼狽えるダニエルの姿、次々と降りかかるトラブルに必死で言葉の応酬をかける展開がなかなかの楽しさ。さりげなく優しさを見せるマヤの存在もいいスパイスになり、映画がちゃんとまとまっているからいい。小品ながら面白い一本だった。

 

「斬る」

めちゃくちゃ面白かった。痛快娯楽時代劇とはこういうものを言う、と言わしめるほど面白い。ストーリー展開の巧みさ、キャラクターの多彩さ、派手な殺陣シーンの連続、人情味溢れるエピソードも散りばめ、さらに絵作りも素晴らしい。傑作時代劇にまた出会いました。最高だった。監督は岡本喜八。

 

寂れた村に一人の浪人半次がやって来る。五日も何も食べていない半次は番屋で、この先の茶屋の婆さんのところで飯が食べられるからと聞いて行ってみれば婆さんは首をくくって死んでいる。道端の鶏を捕まえようと狙っていたらそこにヤクザ者の源太が通りかかり、鶏を逃してしまう。源太も五日ほど何も食べていなくて、二人で鶏を狙うと、そこに笈川哲太郎率いる青年武士七人がやってきて、また鶏を逃す。こうして映画は幕を開ける。

 

哲太郎を筆頭にした七人の武士は、城代家老溝口を討つために待ち伏せしていると言う。溝口は圧政によって私服を肥やしているので、人民の不満を買っているため懲らしめるべく、次席家老鮎沢の指図で溝口を斬るのだという。それを聞いた源太は、なぜか、斬った後が大変だと忠告するが、この村を通りかかった溝口たちに青年武士は襲いかかり、溝口を斬り殺してしまう。そして、江戸の城主にこの旨を伝えるべく新六を江戸の藩主の元へ使いに出し、自分たち七人は江戸から大目付がやって来るまで砦山に立て篭もることにする。

 

ところが鮎沢は、哲太郎らが起こしたことは、あくまで私闘であるからと、追っ手を砦山に差し向ける。さらに、藩士を追っ手にし、打ち取っては、私闘になるからと、囲っている浪人者たちを荒尾十郎太に率いらせ砦山の七人を倒すべく差し向ける。その浪人たちの中に半次もいた。実は、鮎沢こそ、城代家老の職を得て藩政を手にするために仕組んだ黒幕だった。

 

鮎沢の所にやってきた、次席家老の森内兵庫も、鮎沢によって牢に入れられてしまう。源太は、道信和尚のもとでくつろいでいたが、ことの成り行きが見えてきたので、砦山に向かう。その頃、江戸に向かっていると思われた新六は、鮎沢の所にいた。新六こそが裏切り者だった。さらに哲太郎の許嫁千乃も砦山に向かうが、途中、鮎沢が差し向けた追っ手と遭遇する。

 

源太は、ことの真相を知らせるべく、新六を拉致して砦山に向かうが、途中、新六が、追っ手の鉄砲に倒れる。新六の着物を着て刀を刺して兵藤弥源太となった源太は、砦山に、ことの次第を伝える。一方、鮎沢が送り込んだ十郎太らが砦山に襲い掛かろうとするが、なぜか藩士たち追っ手の鉄砲に撃たれてしまう。

 

砦山の哲太郎らは弥源太によって真実を知り、改めて、江戸に大目付に知らせるべく同志の一人を千乃の着物で女装させ、送り出す。弥源太は、それを助ける。実は弥源太はもと武士で、同じ境遇になった過去があり、その罪滅ぼしに哲太郎らを助けることにした。一方、十郎太は、女郎屋に、妻がいて、どうしてもこの仕事で金を得る必要があった。砦山に向かう前夜、酒と女で遊ぶことを鮎沢に許されて出かけた浪人たちだが、半次は、そこで、十郎太から、金を預かり、十郎太の妻に金を届けることを請け負っていた。半次はそこで、自分と同じ境遇の女郎と親しくなる。半次はもと百姓で、武士に憧れて田畑半次郎と名乗っていた。

 

いよいよとなった十郎太ら浪人は一斉に砦山に襲いかかるが、追っ手の藩士たちと斬り合いになり、十郎太は命を失ってしまう。弥源太は、鮎沢に捕まり、半殺しになっていた。そして牢屋に放り込まれるがそこで森内兵庫と出会う。危急を知った半次が弥源太らを助け出して、森内と弥源太を女郎屋で親しくなった女の所に連れて行く。森内は、初めてきた女郎屋がすこぶる気にいる。弥源太は瀕死の状態だったが、火柱を研いで武器にして単身鮎沢の所に乗り込む。鮎沢らは、哲太郎らが襲って来るのに備えていたが、道信和尚が、彼岸のお参りに来たと言って時間を稼ぎ、弥源太が屋敷に潜入する手助けをする。

 

鮎沢の茶室に忍び込んだ弥源太は、間一髪で鮎沢を倒す。やがて江戸に行った同志が戻り、大目付がこの地に向かって来ることが知らされる。百姓達は、大喜びで祭り騒ぎをして、哲太郎らの目論見は大成功した。

 

少し時が流れ、冒頭に寂れた農村、源太はだいぶん良くなった体で足を引き摺りながら歩いていると、武士姿の半次がやってくる。しかし、森内兵庫に武士にしてもらったが、窮屈だから、源太と一緒に行くと宣言、さらに、森内が見受けの金を積んだ女郎たちも後からやって来る。女郎たちがさす和傘を俯瞰で捉えてみんな故郷を目指して歩いて行って映画は終わる。

 

とにかく、てんこ盛りに見せ場に連続で、それぞれがとにかく面白い。飄々とした老家老森内兵庫や、いかに身腹黒い鮎沢、どこか憎めない源太と半次、源太にまとわりつくもとヤクザの弟分などなど登場人物も多彩で飽きることなく見せ場を彩ってくれる。日本映画全盛期の一本という役者層に厚さに拍手したくなる映画だった。

 

斬る

斬る

  • 仲代達矢
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