「女鹿」
画面の隅から隅まで、物語の冒頭からラストまで、張り詰められた心理サスペンスに彩られた傑作。カメラ、映像、音楽、役者の視線、動作、セリフ、何もかもに隙間なく埋められたミステリーに片時も目を離せない。淡い色彩と、流れるカメラワークも素晴らしく、サスペンスを映像に昇華させたと言わんばかりの素晴らしい映画だった。監督はクロード・シャブロール。
パリ、セーヌ川辺り、ぼやけた背景に映されるクレジットの後、カメラがピントを送ると一人の黒いコートをきたフレデリークの姿になって映画は幕を開ける。橋の上で、道路に牝鹿の絵を描いているホワイの傍に行き、皆がコインを投げ入れるのに五百フランの札を投げ入れてやる。フレデリークはホワイに声をかけ、家に誘う。ホワイは、体を洗いたいからとフレデリークの家に行き風呂に入り、フレデリークにコーヒーを頼むが砂糖の入れ過ぎだと飲まない。
フレデリークは、ホワイをサン・トロぺの別荘に誘う。二人が別荘に行くと、リエとロベルグという男性が出迎える。フレデリークの知人らしいが何者かは最後まで明らかにならない。リエとロベルグは料理をし、ホワイも食事を堪能する。夜、ポーカーで近所の知人たちが招かれるが、そこに来た建築家のポールは、ホワイのことが気になり視線を送る。
ポーカーが引けて、客が皆帰るが、ホワイはポールについて行く。フレデリークはリエらに二人をつけるように言う。ホワイとポールはその夜一夜を共にして翌朝ホワイは帰ってくるが、フレデリークは、ポールの元を訪れ二人でパリに行く約束をしたからとホワイに告げる。十日間パリで過ごしたフレデリークとポールはすっかり恋人同士になり、戻ってきてもいちゃつくばかりで、その様子をリエとロベルグは疎ましく思い、ホワイに、今の関係を転換すべきだと告げる。それをホワイから聞いたフレデリークはリエとロベルグを追い出してしまう。
フレデリークとホワイ、ポールの三人の生活が始まる。ホワイは何かにつけてフレデリークの化粧品や衣装を身につけるようになりポールは不気味さを感じ始めていた。ホワイはポールを愛しながらもフレデリークへのほのかな愛情も感じていた。ある夜、三人でしこたま飲んで、フレデリークとポールは寝室に帰るが、ホワイは寝室のドアの外で二人の愛の営みを想像して苦悶にむせぶ。翌朝、ホワイは、フレデリークとポールがパリにしばらく行くと言う置き手紙を見つける。
ホワイは、フレデリークの金を手にしてタクシーを呼び、パリへ向かう。パリの家で今夜ポールと外食するつもりで過ごしていたフレデリークの所にホワイが現れる。フレデリークはホワイに帰るように言うが、ホワイは背後からフレデリークに近づき、別荘に飾ってあった毒の塗られたナイフでフレデリークの背中を刺して殺してしまう。そこへポールから電話がかかるが、フレデリークになりすましたホワイは、今夜は家で食事したいとポールを呼び戻す。何事も知らないポールが家に戻ってきて玄関を入るシーンで映画は終わる。
壁を縫うように移動するカメラワーク、ホワイとフレデリークの視線のカット、謎の二人の男など、隅々にミステリー色が漂い、淡々と流れるストーリーなのに、不穏な空気が途切れることがない。その張り詰められた緊張感が陶酔感に変わり癖になる魅力を感じてしまう。個性あふれた見事な作品だった。
「トニー滝谷」
カメラが右から左に映像を流していき、淡々と流れる、まるでいっぺんの詩のようなラブストーリーで、不思議なくらいに一人の男の切なくも愛くるしい恋の物語に胸が熱くなってしまう映画でした。まさに適役という若き日の宮沢りえが抜群に可愛らしいし、彼女の容姿が映画を牽引して行く様がとっても清々しくてピュア。小品ですがとっても素敵な作品でした。監督は市川準。
トニー滝谷の少年時代、絵画教室でしょうか、切々とデッサンする姿から映画は幕を開ける。トロンボーン奏者だった父省三郎が、戦後すぐに結婚し、当時付き合いのあったアメリカ人のジャス奏者から、息子が生まれた時にトニー滝谷と名付けた方が何かといいのではないかと言われて名付けた経緯が語られる。やがて、イラストレーターとなったトニー滝谷は、事務所にやってきた一人の女性英子に恋をする。
十五歳も歳が離れていて、躊躇したがプロポーズする。当時英子には交際していた男性がいたが、トニーは、英子への気持ちを素直に丁寧に伝え、英子は結婚を承諾する。英子は、家事もテキパキこなす出来すぎた妻だったが、唯一、服を買うことに異常なほどに執着があり、次々とブランドものの服、靴などを購入、家の中に衣裳部屋を作らざるを得ないほどになって行く。
ある日、トニーはさりげなく、服を買いすぎるのではないかと妻に話したが、妻もまたそれは十分承知だが辞められないと答える。しかし、自重するために家に引き篭ったりしても長く続かず、それでも、先日買った服を返品してみる。しかし、返品した服が気になったままの英子はその帰り交通事故を起こし亡くなってしまう。
友人の結婚式に来ていた久子(宮沢りえの二役)は、アルバイトをしながら生活していたが、ある求人に目を惹かれる。その求人条件にある身長、体重、靴のサイズなどが自分にぴったりな上、給料も十分だった。やや不信感を持ちながらも面接に行った久子は、募集したトニーから意外な条件を提示される。仕事は簡単な事務作業のみで良いがその代わり、亡くなった妻の服を毎日身につけて欲しいと言うものだった。久子はその条件をのんで、トニーの家に行き、衣裳部屋で、大量の服を眼にする。そして試着しているうちに泣き出してしまう。
久子はしばらく、トニーの事務所で働いたが、トニー滝谷は、どこか虚しさを感じ始めて、久子に、持って帰っている一週間分の服をプレゼントしてそのまま辞めてもらう。トニー滝谷は、残った服を古着屋に売るが、しばらくして父省三郎も亡くなり、大量のジャズレコードを引き取ることになる。しばらく妻の衣裳部屋に置いてあったが、レコード店に処分してしまう。
何も無くなった衣裳部屋を見ていたトニー滝谷の心に、かつてこの部屋で涙を流した久子のことが思い出されてきた。そして、久子に電話をし、その呼び出し音で暗転映画は終わる。
あまりにもピュアなラブストーリーに、見終わってから、じわじわと切なさが胸に湧き上がってくる。76分という中編作品ですが、こんな綺麗な映画もあるもんだなと、しみじみ感動してしまう、そんな作品でした。
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