くらのすけの映画日記

大阪の社会人サークル「映画マニアの映画倶楽部シネマラムール」管理人の映画鑑賞日記です。 あくまで忘備録としての個人BLOGであり、見た直後の感想を書き込んでいるので、ラストシーンまで書いています。ご了承ください

映画感想「ペリカン・ブルー〜自由への切符(チケット)〜」「1975年のケルン・コンサート」

「ペリカン・ブルー〜自由への切符〜」

独創的なアニメーションを使ってドキュメンタリータッチで描くちょっと面白い作品。実話をもとにしているとはいえ、妙に重くならずに、軽いタッチで展開して行く様が心地よい映画だった。監督はラースロー・チャーキ。

 

鉄のカーテンが崩壊し、西ヨーロッパへの扉が開いた1990年代のハンガリー、海外旅行も行けるようになったが、切符が高額で手に入らない。そんな中、アコシュ、ペーチャ、ラチの若者三人は、列車の切符に使用されるカーボンインク、ペリカン・ブルーを漂白剤で溶かし、行き先を変えて偽造切符を作る方法を見つける。

 

彼らはその偽造切符で海外へ行き旅行を満喫したが、どこで漏れたか偽造切符の噂が広まり、若者たちから、偽造切符の希望が舞い込んで来るようになる。最初は戸惑ったものの、自由へのチケットを配ることを決意し、注文に応じ始める。ところが、警察の捜査が始まってきたのを知った彼らは、偽造切符の作り方を公開して、自分たちへのリスクを回避しようと考える。

 

やがて次々と偽造切符が見つかり、ペーチャが警察に逮捕されて事情聴取を受けるが、その間にも偽造切符が見つかり、ペーチャが犯人として特定できなくなってくる。そして、巨大組織やマフィアも絡んでいないことも明らかになり、警察はこの事件に興味を示さなくなって行く。結局、ペーチャも罰金刑だけですみ、切符の製造が完成して行くまでの混乱期の事件として、のちに誰もが微笑ましく語る姿で映画は幕を閉じる。

 

アニメーション技術は平凡で、目を見張るものはないが、素朴なアニメで描くハンガリーの混乱期の姿が実に微笑ましく描かれて行くのが楽しい。そんな一本でした。

 

「1975年のケルン・コンサート」

小品ながら、凝った構成で見せる面白い作品だった。主人公一人に主軸をおかないストーリーの組み立てで、実話をもとにしたとはいえ、さりげないフィクションを物語のリードに持ってきたのが上手い。監督はイド・フルーク。

 

この日、ヴェラの五十歳のパーティで、友人たちが集まっている。そこへ父親がやってきて娘のヴェラを侮辱するような言葉を投げかけ、それに答えたヴェラが、もう一度やり直そうと十八歳の頃に時が戻って映画は幕を開ける。ドイツ、ケルンに住む音楽好きのヴェラは、クラブで、来独していたジャズミュージシャンのツアーブッキングを任される。

 

右も左も分からないまま、厳格な父親への反抗心もあって必死でその仕事を成し遂げ、やがてジャズの猛者などという呼び名で新聞に取り上げられるまでになる。当然、父親は激怒するが、友人や彼氏らに助けられ、自身で独立して生活を始める。ベルリンのジャズフェスティバルにやってきたヴェラは、そこで天才ピアニストキース・ジャレットの演奏を聞いて衝撃を受ける。

 

ヴェラは、キースのケルンコンサートを実現させるべく奔走し始める。しかし、ジャズの対する偏見もあり、なかなか前に進まない。そんな中、一夜限りのコンサートでオペラ座のステージが決まる。一方キースは、相棒のマンフレードと次の公演場所ケルンへ向けて車を飛ばそうとしていたが、そこへインタビューを約束されていたフリージャーナリストのマイケルがやってくる。腰痛と最近の演奏に満足できていないキースは、インタビューを拒否するが、すでに深夜、マイケルはキースの車に乗って夜通しのケルンへの道のりに加わることになる。

 

やがてケルンに着いたキースは迎えたヴェラの案内でオペラ座のステージにやって来たが、約束していたインペリアルのピアノではなく、壊れかけたリハーサル用のピアノがステージにおかれていて、弾かないと言い出す。ヴェラは、友人達に各方面に電話してもらい、なんとか向かいのホールにあるインペリアルのピアノを発見するが、石畳の道を運んで来るのはダメだと調律師らに言われてしまう。

 

キースのステージの時間が迫る中、ヴェラは、どうしても弾かないというキースに、新しいチャレンジとしてやって見て欲しいと懇願、一方調律師達は本番までに舞台の袖で壊れたピアノの修理に取り掛かることにする。最近の演奏に疑問を抱いていたキースもヴェラの言葉に、何かを感じ、弾くことを決める。そして本番、オペラ座の客席は完売満席、ヴェラの両親も来ていた。

 

舞台袖でステージを見守るヴェラが、ふと楽屋裏を見たら、そこにインペリアルのピアノが置かれていた。苦笑いするヴェラを尻目に

ステージでは演奏が終わりスタンディングオベーションが起こっていた。この演奏はマンフレードの手配で録音され、レコード化、大ヒットとなる。そしてキース達は次の会場へ車を走らせる。時が経ち、五十歳のヴェラは父親を送り出していた。そして友人達と会場に戻り映画は幕を閉じる。

 

プロモーターとなったヴェラの姿と、フリージャーナリストのマイケルからの視線とを前半と後半で分けて描きながら、ケルンのステージで一つになって行く構成が実に上手い。クライマックス、ヴェラを嫌っていた兄の優しい言葉や、ヴェラの窮地を必至で助ける友人や彼氏の描き方は若干あざといものの、キース•ジャレットの天才ぶりではなくて、その周辺の足場を描くような作りが功をそうした感じのちょっとした作品だった。