くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「ヴィヨンの妻〜桜桃とタンポポ〜

ヴィヨンの妻

日本映画の美しさ、清楚な中にある人間ドラマの力強さ、研ぎ澄まされた感性の果てにある生きることの意味に感動した見事な作品でした。

冒頭、一人の男大谷(浅野忠信)が大げさに着物のすそを広げて飛ぶようにこちらにかけてきます。スローモーションながら大胆な構図とアングルに、「この映画はただものではない」と予感します。

そして、夫を待つ佐知(松たか子)の場面へ。そこへ飛び込んでくる伊武雅刀室井滋の居酒屋の夫婦。主要人物を一気に登場させ、大谷の借金のいきさつを語らせ、仲裁に入った妻を置いて逃げる大谷の姿、それにつづいて、居酒屋の夫婦と佐知が家に上がってことのいきさつを聞いた後の笑いの場面まで、この導入のシーンで物語の全体を凝縮しているようでうならせてくれます。

借金を返すべく妻佐知は居酒屋で働くことになるのですが、そこへ佐知にひそかに思いを寄せる岡田(妻夫木)の姿、かつて恋焦がれ、その人のために万引きまでした辻(堤真一)が絡んできます。

それぞれとのかかわりの中、次第に佐知に隠れていた美が表に出始めそれと同時にわき上がる大谷の嫉妬。もともと女癖の悪い大谷は秋子(広末)と心中事件を起こします。

それぞれの行動がそれぞれに変化を生み出しそれがさらに別の人物にかかわってくるというオーバーラップするような人間描写が本当にすごいです。
美しく変わっていく佐知は辻に夫の弁護を頼むもののお金がなく、道端のパンパンから譲ってもらった真っ赤な口紅をつけて辻の目の前に立ちます。

自らの美しさを武器にしてしまう彼女の変貌は大胆にもかかわらず非常に静かにそして緩やかに高まっていったのです。

松たか子のすばらしい演技力も見事ですが、終始淡々と語る浅野忠信の存在感もすばらしく、さらに、黒猫のごとく迫る広末涼子の存在もこの物語の主題を引き立ててくれます。

ラスト、釈放された夫と桜桃を食べながら「人非人でもいいのよ、生きていればいいの」とつぶやく佐知のせりふが、どんなに危うくても、ただそこに生きていれば何とかすごせるものだというべくじわりと胸に迫ってきます。

実際の太宰治は心中で死んでいきますが、太宰の人生とは相対するように語るこのせりふは、皮肉なまでに感動を呼び起こしてくれるのです。
いや、見ごたえのあるすばらしい秀作でした。