くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「リンカーン」「コズモポリス」

リンカーン

リンカーン
今年のアカデミー賞をにぎわせた最後の一本、スティーヴン・スピルバーグ監督の「リンカーン」をみる。

確かに一本筋の通った演出で、丁寧かつしっかりとしたテンポで物語を語っていくのはさすがにスピルバーグの円熟実を感じる。しかし、リンカーンという人物、南北戦争の歴史について、それほどの知識もない私やアメリカ以外の人々には、かなり説明不足な作り方になっていることも事実である。
それをカバーするために、冒頭でスピルバーグ本人が、この映画の舞台になった時代と南北戦争についての説明をする。

映画は一人の歴史上の人物を語っていくというより、奴隷制度廃止を訴えたアメリ憲法第13条の修正案可決がそのストーリーの中心に置かれている。その可決のためにリンカーンほか、当時政治に関わった北部の人々の駆け引きが描かれるのである。

従って、南北戦争のスペクタクルなシーンもないし、ひたすら、やや前かがみに歩くリンカーンの姿を見つめるだけに終始する。時に熱く語る政治論も、神格化を徹底的に排除した脚本故か、リアリティすぎて、普通の人物として描写されるのである。それが逆に、登場人物の存在のメリハリが薄れ、リンカーン本人さえも人々の中に埋もれるような存在となったために、やや淡々とした展開に退屈さを覚える瞬間さえもある。

クライマックスは、下院での最終評決のシーンとなるが、老練な議員として絶大な信頼と力を持つトミー・リー・ジョーンズ扮するジェームズ議員の存在感が、後半非常に際だっているのが印象的だった。どちらかというと、ダニエル・デイ=ルイス扮するリンカーンより際だっていたかもしれない。さすがにアカデミー賞俳優の迫力であろうか。

物語は、奴隷廃止の修正案が可決し、安堵するリンカーンのシーンから南北戦争終結、そして、リンカーンの死によって幕を閉じる。ありきたりといえば、ありきたりなエンディングだが、終盤の投票シーンでカメラが豪快に移動撮影するシーンなどは、さすがにスピルバーグらしさがあってよかったかな。

リンカーンが提唱したのは奴隷廃止であり、黒人の人種的な平等ではないという、幾分政治的な意味合いの平等論なのがこの映画の毒というものかもしれません。歴史上の英雄で、人々のすべてが平等だと説いたわけではないというリアリティに、この映画の意義を認めてしかるべきでしょうね。いい映画ですが、スピルバーグスピルバーグらしさのある映画を見たい気がします。


コズモポリス
訳の分からないデヴィッド・クローネンバーグの世界の典型的な一本に出会った感じがする。でも、見終わってその不思議な充実感に浸ることができた至福の一本でした。ある意味これが映画の醍醐味かもしれません。

開巻、「通貨がネズミになった」というグリシャムの言葉がテロップされ、街の一角にところ狭しと並んでいるリムジンの列。カメラが縫うように追っていくと、あるビルの一角に立つサングラスをかけた青年実業家と隣に立つ警備主任の男。サングラスの男エリックが床屋へ行くと言ってリムジンへ。警備主任の男が、大統領がきているから交通渋滞するだろうと言って後に続く。

医療機器まで備えられたリムジンに乗り込んだエリック。解説によると28歳で成功した実業家らしいが、中国の通貨元が下落していることに、コンピューターらしい画面を見つめる。リムジンの中に、通貨の運用を任せているらしい中国人キムがタブレットを操ったり、金髪の女が乗り込んでエリックとSEXしたりする。

このリムジンの中で物語が展開していく。外では大統領がきているので渋滞しているとか、IMFの通貨担当者が北朝鮮でテレビ出演中に襲われたりと不穏な映像も写される。

デモのまっただ中に飛び込んだリムジンが、真っ赤なペンキで落書きされたり、巨大なねずみのオブジェを引きずる集団に出くわしたりと、かなり外が喧噪感が漂っている。エリックは警備をする女性とSEXをしたり、ホテルに立ち寄ったりと成功者の自堕落を繰り返す一方、乗り込んでくる女による執拗な詰問を受けたりする。

医師の検査をリムジンの中で受けてみたり、警備主任を夜の公園で撃ち殺したり、そしてたどり着いた床屋で、かつて父親らとすごした貧乏生活の頃の話をする。

一部だけ散髪をして、床屋の老人にピストルをもらい、リムジンを降りて、一人になったエリックに銃声が。エリックはとあるビルで一人の男に銃を突きつけられる。彼はかつてエリックの会社で働いていたのかどうか、エリックと銃を突きつけあう。エリックが自分の銃で自分の手を撃ち抜く。

男が背後からエリックの頭に銃を突きつけ、撃つのかどうかという寸前でエンディング暗転。

めくるめくような陶酔感。現実か幻想か、リアリティか非リアリティか、その不思議な感覚の中で展開する世界はまさにクローネンバーグのシュールな世界の典型である。

見ているときは一人の男エリックの物語を追いかけていくが、一夜で頂点から奈落の底に落ち込んだ男の人生の栄枯盛衰を映像で感じ取り、振り返って、その不思議な世界に酔いしれてしまう。これが映画を映像で楽しむという至福の一瞬だと思い返して、ニンマリとしてエンドクレジットの歌声に浸るのである。不思議な充実感。映画って本当に楽しいもんだなぁと思える。