くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「エドガルド・モルターラ ある少年の数奇な運命」「一本刀土俵入」(マキノ雅弘監督版)「姿なき目撃者」

エドガルド・モルターラ ある少年の数奇な運命」

映像は美しいし、物語の構成、展開も見事なのですが、いかんせんキリスト教ユダヤ教の教義の話が中心になると理解できにくい部分が多々あるので、果たしてどれほど深い内容なのかはなんともいえない。洗礼や割礼の持つ重要性は、私のような日本人には計り知れない理解づらさがあります。とは言っても、アニメーションをちらほら挿入したり、劇的な展開を組み込んだりした作劇と演出のうまさはさすがに秀逸な映画でした。監督はマルコ・ベロッキオ

 

教皇ピウス9世の治世のイタリアボローニャ。時は1858年、モルターラ家に一人の赤ん坊エドガルドが生まれ、両親が何やらお祈りをしている場を1人の女中アンナが垣間見ている場面から映画は始まる。そして何かを持って一軒の家に入っていく。そして6年の月日が流れる。モルターラ家に夜間突然教皇庁からの役人がやって来て、家族の面通しをした上、6歳のエドガルドを連れていくという。エドガルドがキリスト教の洗礼を受け、両親がユダヤ教信者なのでその両親のもとで育てることは教皇則に違反するのだという。

 

地元の修道士に懇願し、一夜だけ猶予をもらった父サロモーネと母マリアンヌだが、結局エドガルドは連れ去られ、ローマに連れて行かれる。サロモーネらは、イスラム教団体などに働きかけてなんとか取り戻そうとするが、ピウス9世らはがんとして許さなかった。ピウス9世は、毎夜、イスラム教徒やイタリア軍に襲われる悪夢を見、新聞などによる誹謗中傷に怯えていた。

 

サロモーネはエドガルドに会いにいくが、まるで洗脳されたようなエドガルドの姿を見る。その後、母マリアンヌが行くと、エドガルドは一旦引き下がるも引き返して泣き叫んで母に縋るのだった。エドガルドは頭が良くてピウス9世に気に入られる。やがて、十年の歳月が流れ、エドガルドは青年になっていた。すっかりキリスト教徒になったエドガルドだが、ある日、教皇が謁見に来て際、つい襲いかかってしまい教皇に膝まづかされる。

 

イタリア軍は庶民の不満を受けて教皇庁を襲撃、軍にいたエドガルドの兄がエドガルドを助けにいくが、エドガルドは帰ろうとしなかった。まもなくしてピウス9世は亡くなる。そして三年後、棺を墓所に収めるべく葬送されるが、庶民が襲い掛かり遺体を川に捨てようとする。一時は食い止めようとしたエドガルドだが、突然川に投げ込めと叫んで走り去ってしまう。

 

時が過ぎ、この日、マリアンヌは死の床にいた。すでに父は亡くなっていた。エドガルドが駆けつけ母の枕元でキリスト教の洗礼をしようとする。しかし母はユダヤ教徒として死ぬからと洗礼を拒否する。エドガルドは家族に責められ廊下にうづくまるエドガルドの姿で映画は幕を閉じる。

 

教皇が、新聞の風刺画が動き出すのに怯えたり、夜中、イスラム教徒に割礼させられそうになる幻覚を見たり、恐怖に恐れる姿が出てきるが、あまり冷酷な姿が表に描写できていないので、エドガルドの家族の苦悩が今ひとつ浮かび上がってこなかった。しかし、絵作りは美しいし、流石にクオリティ十分な映画でした。

 

「一本刀土俵入」茂兵衛、お篤、弥八、升公、北公、良公

コンパクトにまとまった娯楽映画の佳作。井出雅人の脚本がいいのかもしれないが、コミカルなタッチを盛り込みながらの人情噺とクライマックスの剣戟がとにかくテンポ良くて楽しい。職人監督が作るエンタメ映画という仕上がりがとにかく心地よい映画でした。監督はマキノ雅弘

 

河原で子守をしている女が川で水を飲んでいる関取に声をかけるところから映画は幕を開ける。江戸へ向かう関取の茂兵衛は金がなくて水だけでここまでやって来た。茂兵衛は女に別れを告げて江戸へ向かうが、渡しの側の取手の宿場町に通りかかった茂兵衛はたまたまヤクザ物の弥八が喧嘩をしている現場に遭遇し、その弥八を突き飛ばして痛い目に合わせてしまう。旅籠の二階にいた女お蔦は茂兵衛の姿を見て二言三言身の上話を交わした後、なけなしの金と簪をくれてやる。そして故郷の歌を聞かせてやる。

 

痛い目にあった弥八は茂兵衛を追っていたが、茂兵衛はお蔦にもらった金でたらふく食って、追って来た弥八を返り討ちにしてしまう。茂兵衛はお蔦が歌っていた歌と同じ歌を子守女が歌っていたので、歌を教えてもらい、そして子守している赤ん坊がお蔦の子供だと知る。

 

十年が経つ。神社の賭場で大勝ちをした男はそのまま勝ち逃げをしたのだが、イカサマだとわかる。そこで賭場のやくざ者がその男が、十年前お蔦の情夫だった辰三郎だと思い出す。辰三郎を追ったチンピラが一人の渡世人を捕まえたが人違いだった。なんとそれはヤクザになった茂兵衛だった。茂兵衛もまたお蔦を探していた。

 

この地で飴屋をやっていたお蔦のところに辰三郎が立ち寄るだろうとヤクザものたちがお蔦の家にやってくるが、辰三郎は来ていなかった。ヤクザ達が帰った後、辰三郎はお蔦のところに立ち寄り三人で逃げることにする。お蔦の娘が母に教えてもらった歌を歌っているところへ茂兵衛が通りかかる。そして見張りのヤクザものを倒してお蔦に再会、恩義を受けた金を渡して、やってくるヤクザものを迎え撃つべくお蔦らを逃す。そして茂兵衛はヤクザものと渡り合って倒して映画は終わる。

 

子守唄をキーにしたストーリー展開のうまさが絶品で、小品ながら小気味良い展開でラストまで持っていく作劇がとにかく上手い。大傑作とは言わないまでも、肩の凝らない佳作というレベルの一本だった。やはりマキノ雅弘上手いですね。

 

「姿なき目撃者」

ヒッチコック映画の出来損ないみたいなコメディのようなサスペンスで、それを真面目に描いているのがまた面白くて仕方ない。出だしのお話があれよあれよとあらぬ方向に広がっていって、登場人物に一貫性はないし、刑事は間抜けだし、いつのまにか子供が主人公になっていくしと、荒唐無稽な映画でした。監督は日高繁明

 

ある家の二階で綾子が夫権藤の目を盗んでダンス教師の魚住と密会している場面から映画は幕を開ける。この家の女中千代は、隣の家に住むカメラ好きの少年譲二をうまく丸め込んで、綾子の家の二階の屋根に置かれている給水タンクに隠れて綾子と魚住の逢瀬の現場の写真を撮らせる。そしてその写真で千代は権藤を脅す。

 

権藤は綾子と魚住が会っている日に不意に戻って来て問い詰めようとするが、綾子は魚住を給水タンクに隠す。しかしそれを知って権藤は給水タンクの蓋を閉め、タンクに給水するスイッチを千代に入れさせる。権藤は綾子を問い詰め白状したのでスイッチを切るように千代に言うが千代は隠れ、そのまま給水されて魚住はタンクの中で死んでしまう。権藤らは魚住を溺死に見せるために死体を河原へ運んでしまう。千代がわざと魚住を殺そうとしたと思い、綾子が千代の部屋に入り、千代と魚住の関係を知る。千代と魚住の間には子供さえいたが、その子は死んでしまい、千代は魚住に捨てられた過去があった。

 

権藤は千代と話をつけるために会社に呼び出すが、千代は自分の命が危ないと手紙を書きその手紙を譲二のカメラで撮影する。譲二はタンクに隠れた際ハンカチを落としていて、そのハンカチが魚住の服から見つかり、舟木刑事が捜査するうちに譲二の存在に辿り着く。権藤は千代を呼び出すが言い争いの末千代を突き落として殺してしまう。権藤は千代をバラスで埋めてしまうが、譲二のカメラに撮られた手紙を手に入れようと譲二に迫る。

 

譲二が危ないと、舟木刑事が譲二を護衛するが、二度に渡り見失ってしまい、譲二は権藤と綾子に追い詰められ給水タンクに隠れる。権藤は譲二を殺すべく給水タンクのスイッチを入れる。その頃、譲二がたまたま綾子のバスルームで飲もうとした水に髪の毛を見つけ外に捨てていたことから、舟木らはその髪の毛が魚住のものと判明し逮捕状を取って刑事達が権藤の家にやってくる。譲二は給水タンクで間一髪舟木刑事に助けられ、綾子は権藤の持っていた拳銃で自殺し、権藤は逮捕される。結局、譲二のカメラに収められた手紙はピンボケというオチまでついて映画は終わる。

 

妻に浮気される気のいい経営者だった権藤が、チンピラを使って譲二を追い始めたり、ピストルまで持っていたりとキャラクターが破綻していくし、譲二を護衛している刑事が学校帰りに見失って、譲二が危うくチンピラに捕まりかけるし、自宅で本の整理を手伝っていた刑事が譲二を見失ってしまう失態。さらに魚住と綾子の不倫話がいつのまにか譲二の話に移っていくし、もうどうしようもなくなっていく流れがまさにコメディである。でも、こういうのもまた当時の映画の雰囲気を見せてくれるから面白い。