くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「禁じられた歌声」

kurawan2016-01-05

予想していた以上に素晴らしいクオリティを備えた作品でした。いや、傑作と呼ぶべき一本でした。監督はアブデラマン・シサコという人です。

解説では、西アフリカの平和な国に、イスラム過激派がやってきて支配し、何もかもが覆されてしまうという内容になっていたので、例によって、機関銃や殺戮が繰り返される映画だろうと思っていたのですが、全然違う。いや、それより、静かにじわじわと迫ってくる怖さが伝わってくるのです。

映画が始まると、一匹の小鹿が走っている。そこにかぶってくる機関銃の音、トラックに乗って鹿を狙っているが、撃ち殺すなという声がかぶる。カットが変わると、ゆっくりと、砂で作られた寺院、まるで古い日本映画のようにゆっくりと横にティルドするカメラワークで、兵士たちが入ってくるのを捉える。

この作品とにかく、映像としての絵作りが実に美しい。さりげなく捉えるカットやシーンに美しさが見られる。しかも、淡々と繰り返される様々なエピソードが詩的で、その詩的な画面の中に、さりげなく、サッカーを禁じたり、女性の手袋を強制させたり、歌を禁じたりという強行的な政策の言葉が混じっていく。

物語は、平和な村で愛する娘トヤと牛飼いの少年イサン、美しい妻サティマと暮らすよき夫で父のギダンの家族を中心に展開するが、街の中での人々の抵抗や、処刑の様子などが次々と挿入され、合間合間に彼らの物語が入るという構成で、これが返って、不気味さを生み出す。

街では、逆らった人々や過激派の政策に反した人々が、当たり前のように罰を受けていく。

ある日、イサンが牛に水を飲ませている時に、一頭が、その川で漁師をしている男の網のところへ勝手に行き、漁師の男に殺されてしまう。その抗議のためにギダンが漁師のところへ行き、誤って撃ち殺してしまう。

ギダンは捕まり、処刑が決まるが、最後に妻と娘に会いたいというものの、聞き入れられない。映画はこの展開の合間にも、事実婚をした若者が石打で処刑されたりする場面が挿入される。

そして、処刑場に連れてこられたギダンだが、そこへバイクの後ろに乗せてもらったサティマが駆けつける。しかし二人は、過激派に撃ち殺される。一人残ったトマは両親の元へ素足でかけ始める。イサンが追う。小鹿が走る。トマのアップで暗転エンディング。見事。ため息が出るラストシーンである。

ギダンが漁師を撃ち殺した後、大きく俯瞰で二人を遠景に捉えるカット、サッカーボールがポンポンと路地に転がってくる、まるで「世にも怪奇な物語」のワンシーンのようなカット、ボールなしでサッカーをする若者たちの映像など、様々なところに見られる静かな詩的なシーンの数々が、次第に覆いかぶさってくる過激派の強硬的な政策の恐ろしさを増幅させ、そんな様子の中で、トマの視点で捉えられる、どこか不受理な大人の世界が、なんとも言えない熱い感動を呼び起こしてきます。

本当に、素晴らしい映画でした。