人間の心理ドラマを描かせるとすばらしい描写を生み出す私の大好きな作家東野圭吾さん原作、そして大好きな女優さんの一人である深田恭子さん主演の作品。映画としての期待度よりもその好みから見に行った映画でしたが、なんともスタイリッシュな心地よいラブストーリーで大満足でした。
まず、目を引くのが横浜の夜景のショットの美しいこと。まるで絵葉書のような洗練された色彩で捉えられた景色が作品を都会的なムードで包み込みます。さらに目を引くのが俳優さんたちが見につけるなんともおしゃれな衣装の数々。主人公の深田恭子演じる秋葉は大金持ちのご令嬢という設定だし、その父である中村雅俊演じる仲西達彦らはそれなりの服装でもそれはそれでドレッシーなのは当然なのですが、岸谷五朗演じる渡部の衣装もかなりこっていることに気がつく。普通のビジネススーツなのにしているネクタイは同じ柄の色違いなんてそんなおしゃれなサラリーマンは少ない。そして、その妻木村多江演じる有美子の服装も色鮮やかでしゃれている。渡部の友人で石黒賢演じる新谷もまたしかりで、さりげなくおしゃれな服装をしている。いったい誰が衣装担当したのかと思ったが公式サイトにも見られないところを見ると、一流ファッション店の指定なのだろうか。いずれにせよ、美しい景色と見事にマッチングさせた多彩な衣装に目を引かれるのです。
さらに映像やストーリー展開に効果的に流れる音楽センスが見事で、三分の二あたりまでの平坦でしゃれた音楽が、渡部が離婚を決意し、秋葉の態度急変する終盤に至っては突然不気味なメロディに変化していく。安っぽいサスペンスドラマの如しであるが、今までちょっとコミカルなくらいのラブストーリーだったために、かえって映像のリズムに載せられてしまうのです。
さて、物語を追っていきましょう。
映画が始まると、ベッドの中で抱き合う渡部と秋葉。「不倫なんてばかげたことだと思っていた・・」という渡部のつぶやきで幕を開けます。
そして、美しい夜明けの横浜の風景が朝焼けの鮮やかなオレンジに浮かび上がるショット、そしてタイトル。
場面が変わると、バッティングセンターで一人でバットを振る秋葉。ビジネススーツの上着を脱いだ姿で、透けるブラウスから豊満な胸のショットがカメラに写され、背後に新谷と渡部がフレームイン。なんと新谷のジャケットの襟が異常にでかい。二人は親友らしく、一人でバットを振る秋葉を見て、「男も結婚すると男でなくなる・・」等の話をしている。そこへ振り返った秋葉、渡部と目が合い、思わず会釈。実は秋葉は渡部の会社の派遣社員である。こうして三人でカラオケに行くが、酔っ払い女の嫌いな新谷は二人をおいてさっさと帰ってしまう。二人きりになった渡部と秋葉。
こうして何気なく始まるファーストシーン。どこか戸惑う姿が実にお茶目でコミカルな岸谷五朗の演技が抜群であるし、なんせ深田恭子が抜群に美しい。
カラオケの帰りに酔っ払った秋葉をつれて帰る途中、秋葉が渡部のジャケットにげろを吐いてしまったことでそのお詫びに秋葉が渡部を誘ったところから二人は何気なく接近。
団地住まいの渡部が朝、出かけるときのショット、夜帰るときに見上げるショットが真正面から捉えられていて平面的な構図が平凡をイメージさせます。
何かにつけ「逃げるんですか?・・・・」とつぶやく秋葉に次第に渡部が引かれていく。
そして、サーフィンを始めたという秋葉にさそわれ湘南へ。しかしあいにくの天気でそのまま秋葉の叔母妙子の経営するスナックへ。その帰り湘南の秋葉の実家へ渡部が送ったところでたまたまきていた秋葉の父達彦と出会う。
その夜、秋葉と渡部は一線を越えるが、翌日、冷静になろうとする渡部の純真な姿が本当にコミカルなほどにほほえましい。そして背後に流れる静かな中に不思議なメロディを漂わせる音楽が見事にストーリーを語り続けていくさまは絶品。
戸惑ったような岸谷五朗の演技が不倫と幸せな今の家庭との板ばさみになろうとする自分の姿を本当にリアルに演じているのが見事なのです。
そして、これも大好きな木村多江演じる妻有美子が本当になんのにごりもなくさわやかで、これこそ理想的な家族を見事に演じきっているのがすばらしく。一方で戸惑いながら秋葉にのめりこんでいく渡部の姿と好対照にストーリー展開を彩ってくれます。
渡部の親友の新谷の存在もなかなか無駄がなく、クリスマスイブに秋葉とすごしたくて豪華ホテルを予約してしまった渡部のアリバイ作りにまるで映画を撮るかのような態度で請け負うくだりも、からっとしていて見ていて妙にじめっとならないからかえって秋葉と渡部の関係が悪に見えなくなる瞬間さえうかがえてしまいます。でもふと、有美子の家庭が映されるとかわいらしい娘と三人で幸せそのものの場面に現実に見つめなおす自分が思い出されてくる。この絶妙に繰り返されるシーン構成のうまいこと。
そして、正月、バレンタインと時が流れ、次第に秋葉にのめりこんでいく渡部の姿が見事に心の変化として演出されています。もちろん原作にもある程度この展開はあるでしょうから一概に演出や脚本が優れていると言えないかもしれませんが、それでも岸谷五朗の演技の見事さとほとんど深田恭子の独壇場ではないかとさえ思えるストーリー展開に引き込まれていくのです。
物語の前半で、有美子が作っているというクリスマスのサンタのアクセサリーが終盤、時折指で押しつぶされるショットが挿入され、次第にその存在感を高めていくという展開はぞくっとするものがあります。これは原作にあるのだろうとは思いますが、そのフラッシュバックで見せるタイミングが見事なのです。
とうとう、離婚を決意する渡部に秋葉が有美子に私のことを言うのは3月31日まで待ってほしいと頼み、その日、かつて秋葉の家でおこった麗子の死の真相が語られるクライマックス。
3月31日、秋葉に頼まれて一夜をともにすることになり、「4月1日に話すことがある」と、出張だと偽って家を出る渡部、さりげなく見送る有美子の表情に浮かぶどこか不自然な表情。ここで初めて、今まで笑顔しか見せなかった木村多江が始めて複雑な表情をする。
秋葉の実家でまもなく深夜12時が来ようというときに父と浜崎妙子がやってきて達人とおばの妙子との不倫関係をカモフラージュするために父が麗子が愛人関係にあるかに見せていたこと。麗子が実は自殺をし、秋葉に遺書を残していた事実を語る。そして、秋葉の父はまるで秋葉が殺したかのように秋葉に説明し15年の時効が3月31日に迎えるかのように思い込ませていたことが語られていく。
この場面はどこかミステリーの舞台ドラマの謎解きのシーンのような雰囲気があります。
すべてが明らかになり、その3月31日まで一人でいるのが耐えられないために渡部と付き合ったのだと語りながら、別れていく秋葉。
一人になった渡部が家に帰ると、さりげなく有美子が迎えるが、崎に有美子が寝て一人になった渡部は有美子が作っていたサンタが箱の中にたくさんつぶされているのを見つけ愕然とする。
何もかも知っていたのだと知ったときの恐怖が一気に渡部を襲う。カメラは極端な斜めの構図へ。座り込む渡部を捕らえる。
そして翌日、会社へ出かける渡部に有美子が「4月1日になったら話しがあったのじゃないの?」と聞かれ、「もう必要なくなった」と答える。有美子は「二人の間には必要なことではないの?」と告げる有美子に、背筋の寒気を感じたような表情になる渡部のショットが恐ろしいほどに怖い。そして、これからの日々に恐怖を覚えながら街を歩く渡部の姿で映画は終わります。
前半、中盤、終盤、と登場人物の心理変化が見事に映像化されていて、直接心に迫ってくる迫力に圧倒されてしまいます。しかもスタイリッシュな風景とおしゃれなファッションが不思議にモダンな映像として結実するために沈み込んでいく面倒くささがまったくないという実に気持ちのいい映画なのです。しかも、ラストシーンに至っては不気味なミステリーとして終焉を迎える。もちろん欠点も多々ある作品ですが、そのあたりを払拭できるほど全体のできばえは秀逸だったと思います