くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「ハラがコレなんで」「マネーボール」

ハラがコレなんで

ハラがコレなんで
川の底からこんにちは」「あぜ道のダンディ」と秀作を連発した石井祐也監督の作品であるが、前二作のキャラクターを混ぜ合わせたような主人公と展開が今一つ不完全燃焼し、そして支離滅裂にエンディングしてしまった残念な作品でした。

もちろん、いつもの石井祐也ワールドは炸裂し、のほほんとはじまる導入部は許されるのですが、主人公の光子のキャラクターが、前二作品で満島ひかり光石研が演じたキャラクターをそのまま混ぜたようにしかなっていない。しかも、終盤までの構成が今一つバランスが悪く、どこへ向かうのかという牽引力に欠けたまんまにいきなりクライマックスでやりすぎといえるような急展開で締めくくろうとする。

作品完成を焦ったのか、十分に推敲され切れていない脚本がそのまま作品の完成度に反映してしまったという感じである。

どこか、無遠慮ででも憎めない光子が登場。おなかが大きいが何事も風の流れに任せてというような天然キャラである。空に流れる雲のままにかつて両親と一時期住んだ長屋へやってくる。大空襲にもあわなかったこの長屋は古きよき人情が残っているという設定だが、そのあたり今一つ伝わりきらないままに、光子の幼い日々がフラッシュバック。これもまた中途半端。子供時代の恋人の経営するレストランに働きにはいってからも、なにがどう進むの?と観客を無視した展開が繰り広げられる。

結局、終盤、不発弾が爆発、福島へやって来てなにもかも丸く収まるかのごとく原っぱで出産するシーンでエンディング。いったいなに?なのだ。
もちろん、何々?と展開するのは石井祐也作品のおもしろさなのだが、そこにはそこかしこにユーモアがあふれ、主人公の前向きなひたむきさに引き込まれていく魅力があるのだが、今回それが十分に漂ってこないのである。

仲里依紗のとぼけた演技が作品のキレにつながっていないのが全体の不発状態になったものかもしれない。ちょっと残念な一本になったが、まだまだ石井祐也ワールドは健在、次を期待したいと思います。

マネーボール
これは、フィクションではないノンフィクションである。したがって、劇的なドラマは次々とは起こらないのが当然。非常に静かな静のドラマが淡々と進んでいく。丁寧に、きまじめすぎるくらいのドラマが前半部分を占めているが、物語が動き始めるのが主人公ビルの思惑通りに監督が采配してくれないためにわずかに残ったスター選手を放出するあたりからである。前半の静の部分と動の部分のバランスが抜群にいい。この作品が優れているのはこの絶妙の配分で書かれた脚本と「カポーティ」のベネット・ミラー監督の演出のうまさ故なのである。

実話であるから曲げられないエピソードが随所に存在する。しかし、映画という一種の虚構の世界を作り出すに当たってエンターテインメントにする部分もまた必修なのである。アメリカ映画というのはこういう人間ドラマを作らせると抜群にうまい。

金もなく、ちょっとでもスター選手が育つとすぐに金持ち球団にとられてしまう。そんな現状からスタートするこの映画はある意味本当に平凡な導入部なのだ。
そして、ビルがピーターというある意味頭でっかちのインデアンズのスタッフであるピーターをスカウトし、数字だけで球団を勝利に導くための奇策に打ってでる。
そして、苦戦の末、大リーグ至上初の20連勝を達成する。

後半部分のドラマチックな展開は当然、観客の心をつかんでくれるのですが、そこに至るまでの物語が、特に技巧的な演出などを施さず丁寧に語っていったために非常に心地よく胸を打ってくれるのです。

かつてスター選手の才能を見初められて大学進学をあきらめプロになったものの成功しなかったというビル自身のちょっと不幸な過去も非常に手短に、それでいてポイントを押さえたタイミングと長さで挿入したために、妙にお涙ちょうだいのビルのヒーロー物語にもならなかった。このエピソードの長さもみごと。

そして、20連勝の後、地区優勝は逃し、エピローグでレッドソックスから球団史上最高額でGMとしてスカウトされるも辞退するエピソードでエンディング。

2時間を越えるドラマにも関わらず、それぞれの物語のプロットのバランスが最良の長さで埋め込まれたために一本のドラマとして見事に結実したのだろうと思います。非常にすばらしい人間ドラマの秀作だった気がしました。