「追悼のざわめき」
カルト映画の奇作としてマニアの間では必見の映画だった作品がなんとデジタルマスターでよみがえった。というふれこみの一本。通常の映画ファンには全くふれることのない作品ながら、そこまでいれ込んだ作品ならと見に行った。なんと観客は私一人。これもまた奇妙な気分で2時間30分を見ました。
監督は松井良彦という人で、スタッフの中には高林陽一や瀬々敬久などが参加している。
物語というものがあるのかないのか、といってシュールなのかそうでないのか、グロテスクのようでもありどこか人間の心の奥底にある業のような残忍さ、欲望、ストレートな純粋さを描いているようでもある。しかし、映し出される映像は実に特異な世界であることにかわりがない。
女をレイプして殺しその内蔵を自分の愛でているマネキンの中に埋め、そのマネキンを愛し、マネキンの中に子供ができていると信じ込む男。
小人の兄と妹、年に一度兄が妹と交わる。それは母がなくなったときに不遇な妹に男を知らしめるための心配りだとするが、31歳の年に妹は兄を殺してしまう。
女の下半身のような形の切り株を引きずるホームレスの男。
兄と妹であるが、ある日、兄が妹を犯す。しかし、その愛に悲観して妹は大量の出血の中死んでしまい、兄は妹を食べて美しい骨だけにしてしまう。
突然、傷病兵たちを罵倒し殴り殺す男。バスに乗ってきた小人の女を嘲笑で笑い飛ばすバスの乗客。
恐ろしいほどに、ストレートな人間の残酷さの中には理性とか羞恥というものは存在しない。しかもモノクロームでこそ見ていられるような目を背けるシーンも散在する。
クライマックスと呼べるのかどうかわかりませんが、マネキンを釘抜きでたたき割る小人、マネキンのおなかから赤ん坊が生まれ、それを取り上げて引き裂く小人。グロテスクながら不思議な哀愁さえ伺わせるこのシーンは正直目を背けてしまう。このマネキンを愛していた男は火をつけて燃やしてしまう。さらにこの小人の女が高校へ乱入し教室でじっと見下ろす姿で映画は終わる。
新世界を舞台に、暴力、愛、が入り交じり、ストレートに語らずにどこかゆがんだ感性で描いたこの作品ですが、そのカメラアングル、前後に交錯する物語を巧みにつなぎあわせる演出力、独特の構図で観客に不思議な不安定さを呼び起こす画面演出など映画として実に優れたシーンもふんだんに登場する。しかし、汚物が惜しげなく画面に映し出され、しつこいほどの薄汚さが漂う映像は時に嫌悪感さえ生み出してしまう。
とはいっても、現代の韓国映画に比べればかわいらしいものだとは思うが、この作品が23年前の映画だという現実は驚愕に値するといえます。
モノクロなので見るに耐えるとはいえ、個人的にあえて手放しで拍手できる作品ではありませんでした。ただ、映像としては凡作ではないと思います。
「家族の庭」
うってかわって、ハートフルな人間ドラマを見ました。
舞台はイギリス、素朴な自然の風景が広がる町並みを舞台に一つの家族の四季の出来事を通じてこの家族の周りに集まる人々の人生をユーモラスかつ暖かい視線で描いていきます。
なんといっても、カットとカットのつなぎ合わせが本当に心地よいほどテンポのいいリズムで切り替わっていくし、せりふの掛け合いがアップテンポなムードを物語の中に呼び起こして一見、平凡なストーリーが実に楽しいドラマになって語りかけてくれます。
春、夏、秋、冬と章に分けられたストーリーがそのそれぞれに色合いのある人間ドラマを映し出してくれます。
トムとジェリーというまるでマンガの主人公のような夫婦、夫は地質調査の仕事をしていて妻は心理セラピーをしているという何の問題もない家族。しかも息子のジョーも弁護士でしかも親思いの好青年、そんな理想的な家族にジェリーの同僚のメアリー、トムの兄のロニー、友人のケンなどが絡んできてストーリーが展開していく。
春のシーンで、このトムとジェリーの何の申し分のない家族の姿を的確に紹介し、さりげなくこれから展開するドラマの片鱗を見せるかのようなシーンを挟み込んでいく。
夏のシーンでゴルフをするトムたちのショットで影がグリーンに長く延びるショットや、画面を斜めに横切る列車のシーンなどはっとするような画面や青く広い空を大きくとらえた構図で開放的なシーンを見せるシーンは爽快なほどに心地よい。しかも、意気揚々としゃべりまくるメアリーのコミカルなシーンも実に楽しい。
しかし、季節が秋になり、ジョーが恋人を連れてきて、ジョーに密かに思いを寄せるメアリーは落ち込んでしまう。男性運に恵まれないメアリーはすでにそれなりの年齢になり、一人での生活が寂しくてしょうがないというムードが漂い、ことあるごとに幸せなジェリーのところへやってくる。このメアリーの存在がこの作品の中心的なテーマを見事に訴えかけてきます。
冬の場面になるとトムの兄ロニーの妻が死んだところから始まり、ロニーの息子のふがいないシーンを描いた後、ロニーはトムたちの家で暮らすようになる。ある日メアリーが一人でロニーが留守番をしているところへやってきて、どうしようもなくすさんだメアリーの姿を映し出す。夏のシーンであんなにはつらつとしていた彼女とは正反対の姿である。
この日、ジョーが恋人のケイトをつれてくることになっていたため、ジェリーもいつまでも前向きにならないメアリーに辛らつな言葉を投げかける。
やがて夕食、にぎやかに団らんするトムとジェリー、ジョーとケイト。しかし、カメラがロニーからメアリーにパンしていくと、どこか入り込めなくなり孤独に取り残されていくメアリーのショットがアップになる。周りのにぎやかな会話も消え、メアリーの何ともいえない寂しげなアップで映画が終わる。
マイク・リー監督のストーリー展開のリズム感は非常に優れていて、前半、中盤、後半と実に見事な抑揚を生み出して、単なる家族の物語をスペクタクルなほどにうねらせる。しかも、軽妙すぎるくらいのせりふの妙味、編集のリズムで、陽から陰へと繰り返されるストーリーを本当に人間味あふれるドラマに仕上げていきます。本当に秀作という言葉がぴったりの作品でした。