くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「永遠の僕たち」「モア」「ピンク・フロイド/ザ・ウォール

永遠の僕たち

「永遠の僕たち」
またまた難病ものである。ただ、この作品はガス・ヴァン・サント監督でもあるので、ちょっと変わった映画かと期待があった。

しかしながら、特に際だったものは見えなかった気がします。
ガンの再発で余命3ヶ月の少女アナベルと両親の事故死の時に臨死体験をした青年イーノックイーノックは他人の葬儀に出席しては自分の今の生き方を問いつめる日々を送っている。時折彼にはヒロシという特攻隊で死んだ青年が現れ、戦艦ゲームをしたりしながら日々を送っている。

ある葬儀の席でイーノックアナベルが出会う。そして、それとなく二人は曳かれ合い、愛し合っていく。合間にヒロシの過去がさりげなく原爆映像などとともに挿入されるが、全体の物語にさほど意味を深めない。ハロウィンの仮装にはイーノックは特攻隊の格好をしアナベルは日本人の女性の扮装をする。この作品が一風変わったテーマを盛り込んでいるとしたら、やたらでてくる古き日本のエピソードであろうか。

切腹やおじぎ、イーノックとヒロシがするボードゲームは日本の製品である。アナベルの担当医は東洋人であるようだし、三菱やトヨタの車のエピソードも会話の中に登場するから、ここに何らかの監督の意志があるのだろう。

しかし、どうもいけない。淡々と詩的な映像で語られるイーノックアナベルの物語だけがどうしても際だつのである。彼らの家族の存在も今一つ生きていない。そして、ラスト、アナベルの葬儀の席で思い出を回想するイーノックのショットは短いカットのフラッシュバックの繰り返しで今までのふつうのテンポの映像リズムからの展開が美しいが、結局、これで終わりなのである。

難病ものの定番の感情の抑揚を利用した作品づくりはしていない。自ら死を選ばざるを得なかった特攻隊や切腹という日本の歴史や文化を対比させて死に直面した少女と死を体験した青年の心の交流を描いたのだろう。これはこれでガス・ヴァン・サントの映画でもあると思う。しかし、日本に対するイメージはいつまで特攻隊と切腹なのだろうか?

「モア」
一人の青年ステファンがふとしたことからエステルという女性と知り合い、やがて彼女の薦めで軽いドラッグを覚えるが、エステルの愛人のウォルシュが扱うヘロインを打ち始めやがて、中毒となり、エステルにも去られたステファンは限度以上のヘロインを注射して死んでしまうまでを描いている。

音楽がピンク・フロイドで軽いタッチのピアノ曲をはじめ不思議なムードで全編を彩り、名匠ネストール・アルメンドロスのカメラが美しい景色を映し出していく。

太陽の光輪を真正面に写しながらのタイトルバックから、主人公ステファンがヒッチハイクでパリへ向かう導入部へと続く。そこで一人の賭博師チャーリーと出会い、彼とともに出かけたパーティでエステルという女性に出会う。チャーリーの忠告を無視して彼女に近づいたステファンは人目で彼女に曳かれ、やがてエステルの愛人ウォルシュの持つヘロインと金を奪って逃走する。

地中海の開けた景色が自然な中に統一された色彩でカメラに収められた映像が実に美しく。次第にドラッグ中毒になりながら二人の愛を確かめあうステファンとエステルの行動がどこか危うい中に寂しげなものを漂わせます。

やがて、ウォルシュに見つかった二人は残るヘロインを返して彼のホテルで働くことになるものの、中毒から逃げられずエステルはウォルシュのもとへ。訪ねてきたチャーリーと再起をかけようと思うものの、嫉妬とさびしさに耐えかねたステファンはかつての客からわずかのヘロインを分けてもらい、それを注射して死んでしまう。

埋葬されるステファンを見つめるチャーリーのショットからカメラが空へとパンしてエンドとなる。

ドラッグにおぼれながら、恋の逃避行に走る主人公たち。やがて迎える破局はどこかやるせないほどの寂しさを感じさせます。ドラッグに対する悲壮感というより二人のどうしようもない愛の寂しさが漂う一遍だった気がします。個人的にあまり好きなパターンの映画ではありませんでした。

ピンク・フロイド/ザ・ウォール
ピンク・フロイドの名盤「ザ・ウォール」の楽曲を映像でつづったいわばビデオクリップのような作品であるが、ピンク・フロイドの過去や現実、苦悩、など様々な出来事をフラッシュバックで回想しながらつないでいく映像の洪水は圧倒的な迫力で観客に迫ってくるのです。

画面が始まるととあるホテルの廊下。ゆっくりとカメラが進んでいくと掃除婦のおばさんが一つの部屋を今にも開けようとする。中にはピンク・フロイドが銃の手入れをし、外には空襲の爆音が聞こえている。そして、掃除婦が無理矢理あけようとする。チェーン鍵が引っ張られ、無理に開いたかと思うとそこはどこかの倉庫の扉。無理矢理あけられ大勢の人間が飛び込んでくる。

衝撃的な映像で幕を開けるこの作品。監督はあのアラン・パーカーである。

この導入部のあとめくるめくようなシュールな映像と、不気味なアニメーションがピンク・フロイドの少年時代、青年時代、現代など様々なシーンが語られる。もちろんストーリーがあるわけでもないが、みている私たちにはピンク・フロイドの苦悩や過去がそれとなく伝わってくる。

鳩が爆撃機に変わっておそってくるシーンや、百合の花が女性の裸体に変わっていくエロティックなシーン。少年時代の学校の生徒たちがムンクの叫びのような仮面でぞろぞろと歩くシーン、やがて狂気にかわるピンク・フロイドが眉毛を剃るシーンなど次々と想像力の限りを尽くした映像が反乱してくる。

背後に流れるピンク・フロイドの曲がさらに映像にリズムを与え、淀みなく繰り返されるシーンの数々はいつの間にか陶酔感さえ生み出してきます。

そして、画面いっぱいに壁が登場、一気に破壊されて映画は終わります。

決して娯楽映画とはいえませんが、一つのジャンルの作品として一級品であったと思います。楽しかったです。