くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「母のおもかげ」「もず」「歌麿をめぐる五人の女」

母のおもかげ

「母のおもかげ」
清水宏監督の名編。解説通りとっても暖かい、見事な名作でした。

右に左にゆっくりとカメラがパンニングを繰り返し、主人公道夫少年の心の揺らめきを見事に表現していく。さらに園子がつれてくる娘エミ子が道夫と好対象に無邪気で、素直で、愛らしい。脚本によるキャラクターの創造の教科書のような設定。このエミ子の存在がさらに道夫の心の動きを増幅して表現していく。まさに、完成された名作とはこういう映画をいうのでしょうね。

映画が始まるとカメラは煉瓦塀を写す。ゆっくりと右にパンすると道夫がかわいがっている伝書鳩を空に放つ。この伝書鳩は一年ほど前になくなった母の形見で、終盤で道夫の作文で初めて説明されるが、母が入院したときに母の病室と家を往復して手紙を届けたという鳩なのだ。

父定夫に縁談話が持ち上がり、園子が後ぞえとしてエミ子を連れて道夫の家にやってくるところから物語が始まり、本編が語られていく。向かいの老夫婦の存在と筋向かいの道夫たちの生活が縦の空間配置と横のカメラの流れで描かれる演出が見事である。

亡き母をどうしても忘れられない道夫だが、園子も決して嫌いではなく、とてもいい人だと受け入れている。しかし、どうにもお母さんと呼べない自分のもどかしさが終盤、エミ子が鳩を逃がしてしまった時に爆発する。狂ったようになぐりかかり、かみついてむしゃぶりつく。異常なくらいの道夫の言動に耳を押さえて耐える園子がこの作品の転換点となる。

この後、道夫の学校での作文が園子や定夫の集まる中で朗読されるシーンが続き、道夫の気持ちがストレートに解説されるが、伝書鳩の意味、園子への思い、亡き母の写真へのこだわりなどが語られ、クライマックスへとなだれ込んでいく。このエピソードの組立のバランスが全く見事なもので、名作として完成されるにはこういうリズム感が悲愁だと思います。

どうしようもなく、家を離れることを決心した園子。でていく園子の姿を見て道夫はなにもかも決心したかのように亡き母の写真を引き出しにしまい、園子のあとを追う。そして「おかあちゃん」と抱きつき、園子が抱き寄せ、ゆっくりと道夫の家に戻る後ろ姿でエンディング。

美しい。さりげないシーンなのに実に美しい。表面的な構図ではなく画面の雰囲気から生み出される美に酔ってしまう瞬間を体験しました。これが名作ですね。

「もず」
渋谷実監督の代表作の一本。機関銃のような台詞の応酬、横文字をちりばめた軽妙な脚本が独特の個性的な作風を生み出していく。

冒頭、小料理屋「一福」につとめるすが子のところに田舎から娘のさち子が訪ねてくる。「一福」の仲居たちの痛快でユーモアあふれる言動がとにかく楽しくて、一気に物語に引き込まれてしまいます。特の乙羽信子が抜群。

すが子のパトロン藤村といちゃつく母の姿に嫌悪感を抱くさち子はすが子から離れて一人で暮らし始めるが、やがて店を飛び出し藤村とも別れたすが子はさち子と一緒に暮らすようになる。

ことあるごとにすが子とさち子は言い争い。それぞれの男関係にまで嫉妬か親子の愛情か微妙な境目で女同士の喧嘩が絶えない様子がハイテンポで語られていく。

「自由学校」のようなみえすいたスラップスティックな演出は見られないものの、途切れることのない言葉の遊びが物語をあれよあれよと引っ張っていく演出のおもしろさは絶品。

笑いがあるかと思うまもなく次の展開、次の展開と進むうちに、いつの間にはすが子の体が弱っていく様がさりげない描写される。そして突然の入院から、その入院費用のために藤村に体を許したさち子が病院に駆けつけると時遅くすが子は他界している。

最後の瞬間に窓が開いて幼いさち子を感じたすが子の心の動きをカメラワークで見せるクライマックスが実に切ない。

あわただしいような作品ですが、そこかしこに見られる渋谷実らしい映像の数々、台詞の妙味を堪能できる一本で、豪華な女優陣が見せる卓越した掛け合いの見事さにも感動させられる作品でした。

歌麿をめぐる五人の女」
溝口健二監督の演出をした同名の映画があるが、それとは物語りは完全に違います。

江戸時代の浮世絵師喜多川歌麿と彼に集まる女たちの姿を描いた娯楽時代劇である。脚本もかなり荒っぽいのであるが、豪華絢爛というべき女優陣が出演、笑いあり、女性の裸ありという典型的な娯楽作品です。ただ、横長の画面を最大限に使った美術セットが目を見張るほどにすばらしくて美しい。

日本橋の様々な季節や時間をとらえる折々の姿はまさに芸術的といえます。さらに日本橋のセットのみならず、その袂に立ち並ぶ長屋のセットと長屋の隙間から見える日本橋に行き来する人々の画面の美しいことといったら、これこそ日本映画の神髄と呼べるほどの見事なのです。

最初にも書きましたが、とにかく娯楽指向で書かれた脚本が雑なのでストーリーのまとまりとか人物描写のおもしろさとかはほとんどつかめませんが、セットを背景にした人物の配置、その背後から歩いてくる人物の動きを芸術的に配置した構図の美しさにも目を見張る。金魚屋の問屋へ婚礼にいったお雪が歩く場面での問屋の蔵が建ち並ぶ廊下をとらえる延々と流す移動撮影シーンもすばらしい。本当に日本映画黄金期の贅沢の極みの美術セットの数々と丁寧にゆっくりと時間をかけて撮影された絵作りのすばらしさには舌を巻く思いでした。

残念ながら16ミリフィルムでしたが、目の保養ができるほどのすばらしい画面を見ることができて幸せなひとときでした。こういう映画をもっと大切にするべきだと思います。