くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「家族の灯り」「グロリアの青春」

家族の灯り

「家族の灯り」
映像が絵画になっている。まるで、ゼザンヌの静物画のような色調で統一された画面が、寒気がするほどに美しい。しかも、意図的に配置された、調度品、人物、灯り、窓、それをとらえるカメラの構図。さすがに卓越した芸術的センスで作られた画面の映画でした。

映画は、港に一人の男が横を向いてたたずんでいる。向こうに船、海、手前に大きな錨と、絵画的な画面をバックにタイトルがかぶっていく。そして、カットが変わると暗闇に突然現れる両手、「おまえを殺す」という声。まるでヒッチコックのような映像で物語が幕をあける。

ある家、一人の老人ジェボが帰ってくる。息子の嫁ソフィアと妻ドロテイアが迎える。息子を見かけたとか見かけないとか言う会話。

この家も、オーカーとブラウンを織り交ぜた落ち着いた色調になっていて、ランプの明かりがテーブルの上にあり、窓を通して、絵画のように、外を人が通る。

105歳、世界最高齢監督マノエル・ド・オリヴェイラ監督の最新作である。

テーブルに座るジェボとドロテイア、あるいは、ソフィアというシンメトリーな構図、中央にランプの明かりがおかれている。延々と舞台劇のようにせりふが往復する。

ジェボはある会社で帳簿係をしているようである。会社の大金を預かってきて、自宅の金庫に置いた。帳簿の計算をしながら家族と話をする、訪ねてきた友人と語る。

そこへ、8年間行方不明の息子ジョアンが帰ってくる。どこかぎくしゃくする家族との会話。ジョアンをとらえるときのカメラは斜めに構図をとる。

翌日、近所の人とジェボ、ドロテイアと婦人の会話をテーブルを挟んで語っていく。そばで、ソフィアと立って会話に入るジョアン。そして、知人が帰った後、ジョアンはジェボの預かってい大金を盗んで逃げる。ソフィアが後を追うが、見失う。唯一、カメラが路地にでるが、明らかにセットであり、ブラウンとオーカーの色調が、劇的な展開を芸術品にとどめようとするのです。

そして、警察に連絡、やがて、警察がやってくる。迎えるジェボとドロテイアとソフィア。ゆっくり立ち上がるジェボ、「私が金を盗みました」ストップモーションエンディング。

家族の愛の、動かざる普遍の物語を、徹底的な映像感性で描くオリヴェイラ監督の手腕はさすがに鋭い。淡々と平坦な画面の会話劇だけでつないでいく映像も、さすがにオリジナリティ抜群の存在感である。至高の一本という感じの作品ですが、映画を見慣れない人には、なんとも退屈な一本だろうと思う。でも、見る値打ちのある映画だと思います。


「グロリアの青春」
タイトルをバックに、軽快なディスコサウンドに乗って映画が始まる。画面が映ると、陽気に体を揺らせる主人公グロリアの姿。といっても、若い女性ではなく、すでに離婚を経験し、中年にさしかかった50代の女性の姿である。

周りで踊る男性たちも、それほど若く見えないから、いわば大人のクラブというムード。そこでグロリアは一人の男性ロドルフォとで会う。

監督はセバスティアン・レリオという人、舞台はチリである。

キャリアウーマンで、自立する女性グロリアは、自由奔放に人生を楽しんでいる。知り合ったロドルフォとSEXを楽しみ、恋愛を楽しむ。その姿を淡々としたストーリー展開で描いていく。

しかし、このロドルフォは、ことあるごとに元妻や娘と連絡を取り、未だに経済的に100%援助している。しかも、グロリアは、彼を自分のかつての夫や娘に紹介するも、勝手に一人帰ってしまう。

そんなロドルフォに、辟易するものの、何度かのデートの誘いに再び彼と海辺のホテルに行くが、そこでも、また置いてきぼりを食う。

そんな自分に嫌悪感を持ち、炉ドル補の元妻の家に出向き、ペンキ銃で仕返しをして、娘の結婚式に出かけるグロリア。そして、気持ちを切り替えた彼女は、ディスコサウンドで流れてきた”グロリア”に乗せて踊りくるって、立ち直っていく姿でエンディング。

たわいのないお話であり、前半の生き生きしたグロリアの姿が、終盤は、いかにも平凡な中年女の姿になっていくグロリアの変化を、見事に演じたバウリーナ・ガルシアの名演技が光る一本で、自宅での、猫の描写、上の階の男たちの罵声にいらだつ姿、ハッシに手を出しながら、自暴自棄になるシーンなど、心理変化を描く物語は、演出以上に演技力に頼る作品でもある。

しかし、導入部とラストに流れるハイテンポなディスコサウンドという演出は、明らかに監督のセバスティアン・レリオの感性のなせるものだと思います。見て損のない一本でした。