「ちょっと思い出しただけ」
決して傑作とまでは行かないのですが、小品ながらちょっと素敵なラブストーリーという感じの映画でした。個人的にはこういう映画好きですね。ただ、物語の流れを説明するカレンダーなどのカットの意味を省略しすぎて、最初、どういう流れで映画が作られているのか把握しづらかったのは残念。監督は松井大悟。
東京の夜の高速道路を走る一台のタクシー。運転しているのは葉という女性ドライバー。女性客を乗せて、たわいない会話をする。一方、かつてダンサーだったが足を痛めて今は劇場の照明のアシスタントをしている照生。照生はこの日誕生日を迎えた。朝いつもの部屋を出て、坂を下って、公園で妻を待つ一人の中年男性に挨拶をして仕事に行く。映画はコロナ禍でマスクをして生活する現代の照生と葉の姿から、少しづつ時間が遡って、照生が怪我をしてダンサーになれなかった下りから、事故直後、そして、ダンサーを目指していた頃へと物語は描かれていく。
一方、たまたま友達の舞台を見に行った葉が照生と出会い、やがて付き合い始め、恋人になる流れを同時進行で描いていく。舞台はいつも夜で、照生の誕生日を遡るような設定で展開、そこに描かれるのは、ほんの僅かな青春の時間ながら、ふと思い出してしまう懐かしい思い出の数々。
懐かしさよりも、生きてきた証を感じさせる演出が実に素敵で、やがて、現代に戻った二人は、たまたまお客さんのトイレのために止まった劇場で照生がたまたま葉のタクシーを見送る場面から、明け方の空を見つめる照生のカット、そして葉の今の家庭、赤ん坊を抱いた夫が声をかけ、葉もまた明け方の空を見つめて映画は終わる。
たわいない人生のひとときを綴った繊細なドラマを淡々と描く物語に、いつの間にかしんみりと自分の過去を思い出してしまうような錯覚に陥るのがとってもいいです。永瀬正敏演じる中年男性のエピソードをもう少し有効に使っていればもっと良かったと思います。あと一歩傑作とまで行かなかったものの、ちょっとした佳作でした。
「ウエスト・サイド・ストーリー」
言わずもがな、1961年に映画化された名作ミュージカルのリメイクである。監督はスティーブン・スピルバーグですが、彼の「ウエスト・サイド物語」になっていたと思います。広角で捉えた広がりのある画面と、ヤヌス・カミンスキーの美しい光と影の映像が魅力的な作品で、圧倒されるのはアニータが歌う「アメリカ」のナンバーシーンの郊外での大胆で豪快なカメラワークのシーンです。旧作のアニータを演じたリタ・モレノがエクゼグティブプロデユーサーなので特に力が入ったかどうかはともかく、見せ場の一つです。大好きな「トウナイト」が流れる場面は涙が出てきたし、ラストも良かった。それに、シャーク団のメンバーが時折自国語を織り交ぜるシーンが、この原作の本来のテーマを見事に表現できていた、旧作の欠点を補った気もします。期待通りの作品に仕上がっていたので良かった。「クール」のナンバーが旧作と違う位置に入っていたり、トニーとマリアのデートシーンがあったり、細かい部分の違いはあるものの、一級品の作品の仕上がっていました。良かった。
スラム街を取り壊すという看板から、壊れゆく街並みを俯瞰に捉えて映画は始まる。プエルトリコ系のシャーク団とポーランド系のアメリカ人ジェット団との諍いが日常茶飯時で、警察も不良グループの喧嘩に辟易としている。この日、夜にパーティが予定されていて、かつてジェット団を率いていたトニーも弟分のリフの誘いで嫌々ながら顔を出す。一方シャーク団のリーダーベルナルドの妹マリアは、ベルナルドの紹介でチノという若者のリードでこのパーティに来ていた。遅れてやってきたトニーは、会場で一際目を引くマリアに一目惚れ、マリアもまたトニーに一目惚れしてしまう。それを嫌ったベルナルドはジェット団と諍いを始め、決闘をすることになる。
トニーはすっかりマリアに惚れ、翌日も二人でデートをするが、夕方からの決闘にはトニーは仲裁に入るからとマリアに約束をする。一方リフは喧嘩に備えて、万一のため銃を手に入れる。やがて、二つのグループが合間見えるが、ベルナルドに挑発されてトニーはベルナルドと一騎討ちを始める。ところがふとしたタイミングでリフが飛び込み、トニーの体から離れた瞬間にベルナルドのナイフがリフに刺さる。怒ったトニーは感情的になり、思わずベルナルドを刺し殺してしまう。サイレンが聞こえ、散り散りに逃げる途中、チノがリフが持っていた拳銃を拾って逃げる。
トニーはマリアの部屋に隠れ一夜を共にする。そのあと、ジェット団の溜まり場でリタ・モレノ扮するバレンティーナが経営するドクの店に隠れる。一方マリアはトニーのことが忘れられず、マリアを責めるアニータに恋を知った自分の思いの丈を訴える。この場面のマリアを演じたレイチェル・ゼグラーの演技が素晴らしく胸に迫ります。そこへ刑事がやってくる。マリアはトニーと逃げるつもりだったが遅れる旨を伝えてもらうためにアニータにドクの店に行くように頼む。
アニータはドクの店にやってきたが、ベルナルドの愛人であるアニータをジェット団が許すわけもなく、みんなで取り囲んでしまう。そこへ、バレンティーナが現れアニータを助けるが、アニータは思わず、チノがマリアを撃ち殺したと嘘を言って去る。チノはさらにトニーも撃ち殺すべく探していた。バレンティーナはトニーに、マリアは死んだことを告げると、トニーは自暴自棄になり夜の街でチノを呼ぶ。そこへ、遅れて駆けつけたマリアがやって来る。トニーは、マリアの死が嘘だったと判り駆け寄ろうとするが背後にチノが迫っていた。そしてチノの銃弾がトニーを殺してしまう。悲嘆に暮れるマリア。ジェット団とシャーク団のメンバーがトニーの遺体を担ぎ去っていく。間も無く警官が現れる。こうして映画は終わる。
細かい場面や舞台は違っているのですが、画面が実に大きく見せるように構図がとられていて、しかも光と影を有効に使った映像が美しい。移民たちの問題が背後にあるという原作のテーマもしっかり描けていて、旧作がラブストーリー主体でしたが新作は社会ドラマの面も描かれて、中身の厚い作品に仕上がっていました。いい映画でした。