「まる」
不条理ファンタジーという感じの映画で、宗教的な視点であるようだが、そんな面倒な視点など吹っ飛ばしてしまえという潔さも見せる楽しいというか、考えてしまう作品だった。不思議な感覚を感じられるという意味で純日本的なのかもしれません。面白かった。監督は萩上直子。
傾きかけた安アパートの一室、画家を目指す沢田が平家物語の冒頭を呟いている場面から映画は始まる。アート工房の助手の仕事をしている沢田は、この日も仕事をこなし、富裕層に搾取されていると訴える同僚矢島を法隆寺のエピソードで煙に巻いて自転車で帰路に着くが、空を飛ぶ渡り鳥を見ていて事故を起こし右手を骨折してしまう。
アート工房をあっさり首になった沢田がぼんやり部屋で過ごしていると、キャンバスに一匹の蟻を見つけそれを囲むように円を書く。そんな円をぐるぐる描いて、それを古美術商の店に持ち込む。その場でハサミで切り取り、カタカナでサインを入れる。
コンビニでバイトを始めた沢田は、ミヤンマーから来ている店員モーと妙に気が合いながら日々を過ごし始める。池のそばで魚に餌をやっている先生という老人に円周率の話を投げられたりする。ある夜、沢田の家にツチヤという名刺を持った男がやって来て、沢田の円の絵が現代美術館で購入されたと言い、次の作品ができたら一点百万円で買うから知らせて欲しいと帰っていく。
そんな沢田は街の画廊で自分の円の絵が飾られているのを見つける。後日、円に絵がなくなった画廊を訪ねる。画廊に店主若草にツチヤの名刺を見せた沢田は奥に通され、若草に、あの絵は美術館に買われたと話し、個展を開く事を勧められる。
沢田に部屋の隣には漫画家志望の男横山がいて、いつも世間を非難し、愚痴ばかり言っていて、突然足で壁を突き破って話をするようになる。
沢田は、何枚か円の絵を描いてみたが、それをみたツチヤは、円の中に欲がみられると言って買い取らなかった。沢田の絵は話題になり、有名人になって来ると、かつての同級生達が関わるようになって来る。横山は自分がサワダになって円を描いてやると豪語したりし、世間ではサワダの偽物が横行し始める。そんなこんなは沢田にとっては面倒なだけで、淡々とコンビニバイトを続けた。
その後も沢田は次々と円の絵を描き、やがて個展を開くことになる。沢田は若草とともに個展の会場にやって来る。そこに、現代アートで有名になった少女を連れたツチヤが現れ沢田を称賛する。ツチヤの連れている少女は沢田に、自分はツチヤのペットだと告げる。
ところが個展の会場に矢島らが暴れ込んできて、沢田の絵にペンキをかけたりする。沢田は、新たに普通の絵を描いて若草とツチヤに届けるが、やはり円でないとダメだと若草に言われる。そこで沢田は絵の上に丸を描き、真ん中を拳で穴を開けて帰って来る。
コンビニ店、沢田はモーに、引っ越す旨を伝えるとモーは最後に色紙に円を描いて欲しいと頼む。カットが変わりどこかの美術館で沢田が穴を開けた絵が飾られている場面で映画は終わる。
なんでもないことに振り回される人々を揶揄し、何かにつけて騒ぐ人たちをからかい、結局、人生なんてそんなに面倒なものではないのだと笑い飛ばしていくようなある意味痛快な作品で、もう一回見てみたくなりような一本だった。
「八犬伝」
滝沢馬琴と葛飾北斎のドラマ部分は幾分かマシだったが、八犬伝の時代劇パートの部分がいかにも稚拙で芸のないアクションと、お遊びのような間延びした演技と展開がどうしようもない映画だった。ドラマ部分も、ところどころにグッと来るところはあるものの、全体に人間味の厚さが見えない通り一遍の仕上がりで、いかにも適当に作りました感が目立つ凡作だった。期待していただけに余計に残念でした。監督は曽利文彦。
滝沢馬琴の部屋に葛飾北斎がやって来て、馬琴がこれから書こうとしている新しい物語談義をしている場面から映画は始まる。その話とは里見家の城が逆臣山下定包に攻撃され窮地に立った際、城主義実が窮余の作で、愛犬八房に、もし定包の首をとって来たら娘伏姫と結婚させると冗談半分に言い、八房が首をとってきて始まる物語だった。義実が定包を拐かしていた玉梓を一旦は助けると言いながら斬り殺したため、玉梓は怨霊となって里見家を呪う。
一方、八房は、義実との約束通り伏姫を連れて城を出てしまう。義実らは八房を探し出し、鉄砲で撃つが、その際伏姫も撃ち殺してしまう。死の寸前、玉梓の怨霊がなせる事だと、八つの球を世に放ち、いずれ里見家再興と玉梓を撃つべく犬士たちが現れると息を引き取る。こうして里見八犬伝の話が始まる。交互に、馬琴が北斎に挿絵を依頼するも、北斎はその場で簡単な場面画を描くだけを繰り返す様が語られる。
馬琴の妻お百、息子で医師を目指す宗伯との人間ドラマを描きながら、やがて鶴屋南北が東海道四谷怪談を発表、それを見た馬琴と南北は、勧善懲悪の是非、虚と実論議を交わす。鶴屋南北を演じた立川談春が抜群にうまく、役所広司とのやり取り場面だけが光っている。
原作が28年かかっているため、みるみる年老いていく馬琴と北斎の物語、病に倒れ亡くなる宗伯の悲劇、晩年目が見えなくなった馬琴に代わり、字も書けない宗伯の妻お路が代筆して物語は大団円へ向かう。
八犬伝の物語は日本中に散らばった犬士たちが様々な縁で集まり、やがて里見家に集結して、犬士たちを恨む扇谷定正と玉梓らが迫る中、勇敢に戦い、玉梓は定正を殺して保身を図るも、八つの球と名刀村雨の力で玉梓は倒される。八犬士のうち三人は亡くなり、里見家では行方不明だった姫浜路も戻って来る。伏姫が現れ、亡くなった犬士たちを生き返らせて物語は終わる。馬琴は物語の最後までお路に書きとらせ、訪ねてきた北斎が二人の姿を見て竹林の中に去っていって映画は終わる。
とにかく、八犬伝のアクションシーンやCGを使ったバトルシーンがなんとも言えなくオリジナリティも切れ味もない仕上がりで、演じる役者の下手くそさが際立つために、馬琴と北斎の人間ドラマも足を引っ張った感じです。原作は馬琴と北斎のドラマが中心なのでしょうが、映像に変える時点で、スペクタクルシーンもしっかり作るべきだった気がします。全体に脚本が実に甘い映画だった。