「はじまりの日」
予想以上に良かった。ミュージカル仕立てで描く歌唱シーンがとってもファンタジックだし、主演の二人の歌が抜群に上手いし、選曲も素晴らしく、登場人物それぞれが温かみに満ちている。いい映画を見たなあと感動してしまう一本だった。監督は日比遊一。
一人の中年の男がうらぶれたアパートに大家に連れられてやって来るところから映画は始まる。男はかつて有名な歌手だったが、薬物に手を染めて全て失い、どん底に落ちてここにやって来た。男は、差し当たっての仕事で清掃業の会社に入り、気のいい同僚寺田らともうまくやりながら暮らし始める。そんな会社に、一人の若い女がいた。彼女は時間があれば歌を歌うのだが、その場面がミュージカル仕立てで鮮やかな映像に変わる演出がとってもいい。しかも歌も上手いし素敵なのである。
ある日、男は彼女の歌声を聞いてその声に惚れ込んでしまう。そんな時、同僚の寺田が突然心臓麻痺で死んでしまう。男は、女を歌手としてデビューさせる決心をし、かつて世話になった大物音楽プロデューサー矢吹の元を訪れるが、男に迷惑をかけられた恨みのある矢吹は全く取り合わなかった。
しかし熱心な男の行動で、矢吹の秘書望月が時間を作ってくれて、女の歌を一曲だけ聴くことになる。女の母は、自分の娘を縛り付けている精神的に不安定な女だった。しかし、なんとか家を出た女は矢吹らの待つスタジオにやって来て一曲披露する。しかし矢吹は途中で席を立ってしまう。そんな矢吹に望月は、時代遅れなのはあなただと退職届を突きつける。矢吹は気を取り直して女を望月に任せてプロデュースすることを男に伝える。
女はみるみる人気が出て、ライブハウスはどんどん大きなステージへ移っていく。矢吹は今後のために東京へ行くように勧めるが、女は男が一緒でないと行かないという。さらに母親も女を手放そうとしなかった。男と女は女の母の元にやって来るが、女の母は、赤ん坊の頃の娘の写真を見て、何某かの決意をしてしまう。女は、男が歌を捨てないことを約束してくれるなら一人東京へ行くと断言する。
やがてこの地を去る女はこの地での最後のステージに立っていた。駆けつけた男と一緒に歌い、男は疎遠になっていた娘にも会いに行って映画は終わっていく。
とにかく、登場人物全てが心温かく、その人間味あふれる演出が映画をとっても大きなものに包んでいく空気感が抜群に素晴らしい。ファンタジックな演出と、人間味あふれる展開に、映画って本当にいいなあと涙してしまう作品だった。
「国境ナイトクルージング」
余韻が多すぎて、青春映画なのだと思うのですが、伝わって来るものを感じ取れなかった。監督はアンソニー・チェン。
中国と北朝鮮の国境付近延吉の街、川の氷を切り取っている場面にツアーバスがフレームインして来て映画は幕を開ける。ツアーバスのバスガイドをしているナナが観光案内をし、疲れて足をマッサージする。彼女はかつてフィギアスケートの選手だったが足を怪我して引退、この地に来ていた。
カットが変わると、結婚式の披露宴会場、ハオフォンはその末席で携帯の呼び出し音に外に出るのだが、心理診療からの電話らしく、そっけなく切る。階下でツアーバスが入って来るのを見つめていたハオフォンは、翌日上海に帰るまでの時間潰しにそのツアーに参加する。しかし、ツアー中に携帯をなくしてしまう。
ガイドのナナが探すも道からず、ナナは地元の友達シャオを誘って夜の延吉を案内することにする。ところが翌朝、ハオフォンは寝過ごして帰りの飛行機に乗り損ねてしまう。ナナたちはハオフォンを誘い、シャオのバイクで延吉のツアーをすることになる。そんな中、ナナはハオフォンと体を合わせる。
三人は長白山の天湖を見に行こうということになり向かうが、天候が悪くなって途中で下山する。途中熊に遭遇するが、熊はナナの足の傷を労りそのままさっていく。やがてハオフォンは上海に帰り、一人の部屋に戻ったナナは母に電話をし、片付けたままだったスケート靴を出す。シャオは本を詰め込んでバイクで旅立つ。こうして映画は終わっていく。
延吉での数日のドラマを瑞々しいタッチで描いた青春ドラマという感じなのですが、窃盗強盗の懸賞ポスターを何度も出したり、熊のエピソードなどなどさりげなくも意味ありげな映像が、結局、感じ取れない何者かの余韻を心に残したまま映画が終わった感の作品だった。