くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「小さな村の小さなダンサー」「トイレット」

小さな村の小さなダンサー

「小さな村の小さなダンサー」
中国で実在した世界的なダンサー、リー・ツンシンの半生を描いた実話であるが、ストーリー展開の見事さ、フィクションとノンフィクションの微妙な融合の面白さで素直に感動してしまいました。

監督は「ドライビング Miss デイジー」のブルース・ペレスフォード監督。細かいカットとシーンの組み合わせと絶妙のタイミングでつなぐモンタージュの見事さで、単なる実在の主人公の成功の物語をまじめな人間ドラマに仕上げていきます。しかも背景に中国が文化革命から次第に時代が変遷していく過程も見事に描写し、人々の心が次第に和らいで変化していく様を見せる緻密な脚本と演出は見事。

物語は1961年の中国、時は毛沢東共産主義が徹底され、中国文化政策の推進も熾烈になり始めた頃。山東省の田舎の農村に未来の中国を代表するダンサーを育てる英才教育をするための視察団がやってくる。そこで、運良く見初められた少年リー、やがて北京の舞踏学校で一人のすばらしい先生チェンの言葉から必死で努力し、時代は移って改革解放の中、そこへやってきたアメリカのバレエ団のベンに認められてアメリカで勉強することになります。

その間、中国は毛沢東が倒れ、四人体制も崩壊し、少しずつ中国の人々、政府への恐怖政策も薄れていくショットもかいま見られます。

やがて、アメリカで成功するも、中国政府の意向で中国への帰国を強制されることになるクライマックス、彼を守る弁護士、世論を味方に付け、亡命という形でアメリカに残ったリーはさらに磨きをかけた演技で世界のトップクラスへと邁進。一方で最初の妻と別れますが、時を経て舞台へ招かれた両親との感動の再会を果た巣くらいマックスはすばらしい。この場面での舞台と観客席の編集の妙味、周りの人たちのシーン、なにもかも計算された演出はフィクションに近いかもしれませんが、見事です。

そして、エンディング、夢である中国本国への帰国を果たし、懐かしい家族に会うところで、二人目の妻メアリーとダンスを披露し、背景に中国の旗がひらめくところで終わります。エンドショットはかなり技巧的な画面づくりですがこれはこれで良しとしましょう。

前半部分、かなりステロタイプ化された中国の悪い面などややアメリカ人からの視点が目に付くところも多々ありますが、それをさしおいても、充実した映像と演出が堪能できたいい映画でした。


「トイレット」
荻上直子監督の三作目?でしょうか?今回も癒し系でもたいまさこを配しての作品と聞いていたので、またかとやや食傷気味で見に行きましたが、なんのなんの、さらなる飛躍、もっと違う映画を作りたいという萩上直子のチャレンジ心がちらほらとかいま見られる秀作でした。

物語はママが死んで残された三人家族と猫、そしてママが死ぬ直前に日本から呼んだおばあちゃんの物語。
全く英語を話せず、ひたすらトイレに行くシーンだけを見せるばあちゃんに対し、オタクの次男レイ、引きこもりの兄モーリー、ちょっとわるっぽい妹リサの三人はいつの間にか一言もしゃべらないばあちゃんへの注目の中で絆が自然と結ばれていく様が素晴らしい。
ストーリーのリズムを抜群の音楽センスで選んだクラシックのピアノ曲のテンポが牽引していく。出だしの静かなさりげない音の挿入はモーリーが次第にピアノを弾くようになって三人の絆が徐々に固まり始めるとストーリーの中で存在感を強めて大きくなっていく。

たまたま見つけたママのミシンを使うためにボディランゲージでばあちゃんに語りかけるモーリー、トイレから出てくるばあちゃんが必ずため息をつく謎を変に気にする一方、ばあちゃんが本当の家族か疑いながらDNA鑑定するレイ。エアギターのテレビを必死で見るばあちゃんに何となく惹かれるリサ。

やがて、DNA鑑定でレイとそのほかの兄弟は他人であることを証明してしまい、レイの仕事場の同僚が、「人は知っていること知らないことがたくさんある」と語る場面にこの作品のテーマが隠されているように思います。

シュールなシーンも見受けられます。たとえば、ばあちゃんを探しに行ったレイが一方でバス停で謎の女性と座るところで逆回転する景色が映されたり、部屋がピンクに変わったり、エアギターをばあちゃんに疲労するリサがテレビの中に入ったりと時にテクニカルな画面づくりも試みるなど、今回はかなり実験的な作品でした。

そして落ち着いたコミカルな展開の中で、クライマックスのモーリーのピアノの発表会で一言ばあちゃんがかける声援。シーンが変わるとばあちゃんがすでに死に、三人はばあちゃんの遺骨の灰をママの墓に撒いた後、少し残してビンに持つレイ。ばあちゃんがほしがっていたウォシュレットのトイレがついたところでコミカルに感動し、のぞき込んだところでビンを落としてしまうエンディング。物語やシーンの所々、登場人物のそれぞれがなかなか今回もしっかりと描かれていて、ほのぼのした物語とはひと味違っている荻上直子を見ることができました。