くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「蜂蜜」

蜂蜜

この映画全編に流れているリズムは自然が醸し出す森の木々のこすれる音や遠くに聞こえる雷鳴、さらに下草に住む昆虫たちのささやかな声などのリズムなのである。現代のように雑踏と入り乱れた多彩な音楽に占められた世界で生きる人間にとっては非常にスローであり、静かすぎる。そのためにこの映画は退屈なのだ。それはある意味忘れてしまったリズム感故に感じる退屈さではないかと思う。

映画が終盤に来ると主人公ユスフの住む家の周りにはこんなにも家があり、こんなにも人がいたのかと思えるような景色がどんどんと画面にあふれてくる。そして、それまで静かな森の息吹のような音だけだった映像がざわめきの中にかき消されてくる。そして、落ち着いた色彩だった画面さえもがどこかけばけばしい色合いの画面に変わっていることに気がつく。この作品のすばらしさはこの忘れ去られたリズムをスクリーンに再現した見事さにあると思う。

映画が始まると一人の男、実はユスフの父ヤクプ。ロバをつれて一本の木を見つける。そしてロープをかけて、しっかりとかかったところで上り始めるが、途中でかかっている枝が折れ、今にも落下する状態になったところで真上からヤクプをとらえたショットでタイトルになる。

主人公のユスフはまともに言葉を発することができない。しかし父ヤクプや母に愛されている少年である。毎日学校へ行き、本をうまく読むともらえる赤い札がほしくてたまらないが、言葉を発するのが苦手の彼は寂しい思いをしている。

ミルクが嫌いで母に飲みなさいといわれても、父がうまくごまかしてくれたりして、見て見ぬ振りをする母と暖かい毎日を送っている。

ある日、ヤクプが黒崖にミツバチの巣箱を据えるために一人で出かける。ところが予定の日になっても戻ってこない。
ここまで物語が実に静かで、音楽を使わず自然の音だけで描く監督の意図通り、正直退屈である。

そして、どうやらヤクプが事故にあったことが知らされ、寂しい思いをしている母の前で、少しでも喜ばそうとミルクをぐいっと飲むユスフの姿が実にけなげである。学校へ行って、何とか褒美の札をもらって勇んで帰ってくると、近所の人々がヤクプが大変らしいと集まっていて、ユスフは一人森には行っていく。父に褒美の札を見せようとするかのように。

そして暗闇の中、大木の麓でぼんやりするユスフの姿で映画が終わる。
どうやら冒頭のシーンはヤクプが落下する直前のショットであることがわかる。見事なストーリー構成と独特のリズム感で生み出された作品である。

とはいえ、このクライマックスまでの展開は実にしんどいというのが正直なところである。劇的な展開のリズムになれてしまった私たちにはあまりにも静かすぎる。しかし、この映画からにじみ出る暖かさ、そしてどこか癒されるテンポはなんなのだろうと思い返すとこの映画の優れていることがじわりと感動に変わるのである。


ベルリン映画祭金熊賞受賞作品、確かに独特であるが、どうも第三国の映画を評価しすぎているような気がしなくもないのである。