くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「白昼の通り魔」「日本春歌考」

白昼の通り魔

「白昼の通り魔」
ストーリーだけを語るといたって単純なのだが、恐ろしいほどにカットが細かい上に時間の前後、空間の前後、極端なクローズアップからの俯瞰の遠景などテクニックの限りを尽くしているために実に込み入った複雑な作品として完成されている。その意味で、有無をいわせにほどの傑作である。

通常のゴシックのタイトルが終わると、家の格子窓越しに一人の男英助が家の中をうかがっている。中には女中をしているシノが選択をしている。その姿を妖艶なタッチのカメラアングルで捉える。その視点がそのまま英次の視線である。そして家の中に入ってくる。歌を歌っていた篠が振り返るとどうやら英助は知り合いであるらしい。

「白昼の通り魔」というタイトルロゴがどんと二度カット挿入される。

かつて、シノは故郷の村で源治という男と首吊り心中しようとしたが自分だけが生き残る。そのシノを英助が源治の前で犯したのである。その場面がフラッシュバックで挿入される。英助はシノに襲いかかり縛って階段を抱えて上る。そこで鏡にふたりの姿が映るショットなどテクニカルな映像が続く。二人の顔のアップを交互に繰り返したり細かいカットで緊張感が途切れない演出で始まる物語の導入部である。

どうやら英助は妻がいて、故郷に先生をしているマツ子という女らしい。

最近「白昼の通り魔」という事件が続いていて、その犯人が英助であると思ったシノはマツ子にその真相を手紙で送るカットが挿入される。
シノが女中をしている家の女主人がその白昼の通り魔によって殺され犯された事件を刑事が調べに来るシーンへ物語が続く。さらに、故郷で先生をしているマツ子が回想するショットも挿入、さらに源治とマツ子、英助とシノの馴れ初めのころの話が次々とカットバックを繰り返し展開して行くのである。

細かいカットのみでなく、ふっと俯瞰で遠景で村や畑を捉えるショットも挿入し、見事な映像のリズム感を生み出すあたりは実に見事である。

源治がなぜシノと心中をすることになったか、なぜその場に英助がいたか、過去にさかのぼる物語と、現在に刑事が犯人を追う姿が何度も繰り返され、シュールなカットの繰り返しもあってどんどん物語りは複雑に奥の深い展開へと進んで行くのである。
そして、シノとマツ子女同士の葛藤にさえも及んでくるに当たりさらに複雑な心理ドランへと展開していく。

修学旅行の帰りの電車の中でマツ子はシノに求められて刑事に英助の写真を渡すが、その同時に東京で英助が逮捕されるという知らせが来る。
シノとマツ子はふたりで心中を決意し、軽井沢へ。ところが今度もシノだけが生き残り、マツ子を抱えて山を下りるシーンでエンディングである。

マツ子が墓参りをする背後に死んだ源治が立って事の次第を語ったりといったショットなども組み込まれ、テクニックの限りを尽くした演出が本当に見事で、クライマックス、マツ子とシノが電車に乗って軽井沢に向かうシーンの二人の会話のカットの応酬はしつこいほどにくどいとさえ思える。しかし、こだわりきった描写の限りを尽くしてのラストシーンにぐったりと疲れるものの卓越した映像に充実感に浸って映画を見終わることができました。


「日本春歌考」
大島渚の徹底したメッセージ映画として、いたるところに全編散りばめられた比喩に舌を巻いてしまう恐ろしいほど飛びぬけた傑作だった気がします。只、その訴えるべきメッセージはかなり偏った性質が見え隠れし、製作された日本の事情を大島渚自身の感覚で映像にぶつけたという感じがしないわけでもなくその意味で共感すべき部分が非常に少ない作品でした。

映画は雪に覆われた大学の庭。いままさに受験が終わったところらしい学生がタバコをすっている。無効に美しい女性の受験生が歩いてきて、彼女は467号という受験番号らしく、ベトナム戦争反対の署名を覗き込んで藤原・・と知る。

男子学生がとおりに出るとまっ黄色の合羽に日本国旗を持った幼稚園児たちが歩き、真っ黒な日本国旗をもった建国記念日反対のデモをしている。明らかに当時の世相を揶揄しているのだが、映像美としては実に美しいのだからそのセンスに驚かされる。

男子学生はクラスメートの女子学生と出会い、かつての教師である大竹と出会い、その先生と一緒に居酒屋へ。そこで大竹はおもむろに春歌を歌い始める。伊丹一三演じるこの大竹の台詞回しが舌足らずで、まどろこしいほどに個性的である。背後に軍歌を歌言う団体などもありかなり意図的な演出が随所に見られるのである。

学生たちは大竹の手配で一緒に旅館に泊まることになるが、一人の男子学生豊秋が先生の部屋を深夜に訪ねたときに、大竹が酔ってストーブを蹴飛ばして寝ていて、ガス漏れしている現場に出くわすが、ほうっておいて戻ってkるう。翌朝大竹が死んで物語が一気に動き始める。

女子学生の一人金田という朝鮮人の日本名であったり、クライマックスで女学生や藤原を大学の教室で襲う場面で豊秋の恋人高子が延々と日本人が朝鮮からの移民であると演説したり、背後に赤い日の丸と黒い日の丸がかかっていたりと、かなり主義主張が前面に出てきて正直うっとうしくなる。

終盤のプロテストソングの会場でも金田がチャイナ服に着替えて出てきたりとこのあたりもややあざといところが鼻につく。しかしながらこのシーンも国旗が水面に映る構図が実に美しいし、単なるプロパガンダ的な場面に終わっていないところは本当に頭が下がるのです。

まだまだ、大島渚監督が意図した暗示のカットがあるのでしょうが、これ以上は入り込めませんでした。映画作品のレベルはかなり高いのですが、いかんせん、前面に出すぎたメッセージが受け入れがたいほどにくどいために好みが分かれる作品であろうと思います。