「東京物語」
本当にここまで描き込まれた名作になると、作品全体が一つの詩編のように完成されてしまって、それぞれの部分の細かい感想など書ききれるものではない。
もちろん、巧みに挿入されるインサートカットのすばらしさ、繰り返されるせりふのテンポはいうまでもない。カメラの切り替えしは、一見普通に切り替えしているようで、アップとミディアムを繰り返しながら、基本的な切り替えを逸脱させた編集を起こしている。そして、絶妙のタイミングでかぶってくる音楽や、背後に流される祭囃子や雑踏などの効果音等々が、すべてハーモニーをもって一つの物語を奏でてくるのである。
ストーリーは今更いうまでもない非常にシンプルなもの。尾道にすむ老夫婦を子供たちが東京へ呼ぶというものである。親孝行のまねごとをしようという子供たちの思惑が、その本音をちらほらとのぞかせながらも、それぞれ自分の生活に必死になっている姿を映し出す。
戦争未亡人になった次男の妻紀子、一人で美容室を切り盛りする次女志げ、町医者である長男幸一、大阪で暮らす恵三など、それぞれの個性を生かしながらも、家族が前に前に進んでいく人生の機微のようなものを切々と語ってくれる。
只、今回気になったのは原節子扮する紀子である。一見、「実の子供より他人のあなたのほうが良くしてくれる」という母とみの台詞で、一番善人にみえるのだが、とみが突然泊まりに行った時に見せる複雑な紀子の表情や、考えすぎだろうか、小遣いを渡すというのは実はもう来るなということを暗に言っているのかもとひねくれて考えることもできないだろうか。
さらにラストで、父周吉に紀子は「皆さんが考えているような善人ではありません」という台詞が、妙にドキッとさせるのである。
考えすぎかもしれないが、小津安二郎の映画には終盤に若干の毒が見えるものがあるので、思わずそんなことを考えてしまった。
もちろん、小津安二郎ならではのローアングルのカメラはみられるものの、それはあくまで私のような凡人が見つけうる唯一のテクニックであって、この作品全体のすばらしさは芸術と呼ぶしか表現する方法がない。
ラストで、冒頭と同じシーンで繰り返す笠智衆のせりふに涙が止まらない。これほどの映画はもちろん小津安二郎の才能によるものだが、演じた俳優、そして偶然のもたらしたリズムが生み出され奇跡的に完成されたものだろうと思える。唯一無二の名作とはこういうものなのである。
「晩春」
「東京物語」の後でみると最初はさすがに見劣りするのだが、いつのまにか、小津映画の芸術的な映像テンポに引き込まれてしまうから不思議ですね。
物語は妻を亡くした独り身の父周吉と一人娘紀子の物語、きわめてシンプルなお話であるが、ローアングルでとらえる父の姿、娘の姿、さらには頻繁に挿入される人のいないシーンの絶妙のバランスが、みるみる見ている人の心の中にしみじみとした感情の機微を訴えかけてくるのです。
再婚した叔父小野寺を笑いながらも「汚らしい、不潔」と嘆く紀子の姿。父から離れたくないと切々と言うファザコンのようなムードをにおわせる不思議な存在感の紀子。一方で、あっけらかんとした幼なじみ北川アヤのドライな結婚感にほだされる下り。やたら世話付きで、兄周吉と姪紀子の世話を焼く杉村春子演じるまさ。その彼女の演技がこれまた最高。くるくると回るよけいなアドリブのような演技もさることながら、ハイスピードなことばで説き伏せていく迫力がすばらしいリズムを映像にそそぎ込む。
ラストは、再婚するから心配ないとうそをついて娘を嫁がせたことを北川に白状する周吉。一人、部屋でリンゴ(柿?)を向きながら、うなだれてエンディング。これが小津映画の神髄である。やはりすばらしい。
「大学はでたけれど」
発見された10分間のフィルムを元に作られたいわば研究資料のような作品。
大学をでた主人公が、就職活動をするが、受付ぐらいしか仕事がないと言われてプライドが許さず断念。そこへ故郷から母と恋人がやってくる。就職したとうそをついたものの、母が帰った後、恋人の雪子に白状すると雪子は生活のためにカフェで働く。
それをみた主人公野本は改心して受付でもよいと再度面接に行くと、その態度に感心した社長が正社員に雇う。で、それを報告してエンディング。というサイレント映画である。
たわいのない一本だが、アメリカンコメディ調の画面作りが楽しい一本でした。
「落第はしたけれど」
上記と対になるような一本で、脳天気な学生が卒業試験に奮闘する。下宿仲間の学生たちが主人公の物語で、中に調子のいい学生が一人。隣のカフェの女性と恋人同士であるが、なんと彼だけが試験に落ちてしまう。
落ち込む主人公と申し訳なく思う友人たちのシーンが続く。
しかし、卒業した仲間も就職が決まらず、窓から大学をみて「卒業急ぎすぎたな」と机に脚を並べてエンディング。
時々、英語のロゴが画面の背後に配置され、肩を組んで踊ってみたり、アメリカンコメディさながらの映像が展開。「大学をでたけれど」同様、しゃれた演出が楽しい。解説には「ロイドの人気者」を彷彿とさせるとあるが、見たことがないのでどうしようもなし。
でもアメリカのサイレント映画を思わせるといえなくもない。これもまた小津映画の一本と楽しめることができました。