くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「KANO 〜1931海の向こうの甲子園〜」「燈台」「不道徳教育

kurawan2015-01-27

KANO 1931海の向こうの甲子園」
すばらしい。
ドラマづくりのうまさに驚嘆してしまいました。三時間を越える作品なのに、二時間ほどにしか感じられない緻密で、見事に組み立てられたストーリーづくり。

それは脚本のうまさにもよりますが、的確にカットバックを繰り返す映像演出、ドラマの組立のリズムのうまさによるところが大きいと思います。見事でした。傑作。

製作に「セデック・バレ」のウェイ・ダージョン、監督はマー・ジーシアンという人です。

映画は1931年の全国高校野球大会の開会式の甲子園。遅れてやってきた台湾の野球チームが入ってくるところから始まり、物語は二年前にさかのぼる。

台湾の農業高校の弱小野球チームの話を根幹に描きますが、当時、日本の統治下であった台湾南部に、潅漑設備が敷設されようとしているエピソードを枝にはさむ。さらに、甲子園の初戦で対戦する、札幌の高校のエースが電車の中で回想するという工夫を盛り込むことで、単調なストーリーになりがちなものを、実に深みのある人間ドラマ、青春ドラマに仕上げていく手腕がすばらしいのです。

松山商業出身の一人の男が、台湾の学校で、頼まれて野球部の監督にはいり、弱小チームに特訓していく下りが前半。

やがてみるみる実力を付け、とうとう台湾代表を決める中盤から、後半にはいり、甲子園が舞台になると、札幌からきた高校のエースのエピソードに絡んできて、冒頭のシーンをフォローしていく。

そして、やがて決勝戦というクライマックスへ流れていく。

確かに、この手のスポーツ映画は、クライマックスに試合のシーンを入れることで、必然的に感動を呼び、はらはらさせることになるから、ずるいといえばずるい。そして、定番通りにクライマックスを試合にした組立は、ちょっとありきたりというところだが、それをさておいても、すばらしい出来映えになっているのだから仕方ない。

監督役の永瀬正敏が、演技者の中で抜群に存在感があり良かった。

みごとな作品だった。日本の映画界もこのドラマづくりを勉強するべきである。必見の秀作でした。


「燈台」
三島由紀夫の戯曲が原作、鈴木英夫監督作品。

舞台劇らしい、ほとんどホテルの一室が舞台の密室劇である。不可思議な音楽と、ミステリアスな演出が、いかにも三島文学の映画化といわんばかりの一本、これという驚くような演出もない普通の映画だった気がします。

復員から帰ってきた主人公、母が復員中に死んだことは聞いていたが、後妻をもらったと走らず、戻ってきて、継母に会い、一目惚れしてしまう。

しかし、女であると同時に母であるという存在に苦悩する主人公の姿を、一夜の物語として、父と妹を交えて会話劇で描いていく。

結局、妹が、自分は窓から見える燈台のように、家族の道しるべとして、照らしているのだと言うせりふが題名の由来だろう。

どうも兄を演じた役者が今一つ良くない上に、周りも特に秀でた演技を見せないので、淡々とエンディングになる。普通の作品だった気がします。


「不道徳教育講座」
三島由紀夫の抱腹絶倒エッセイを原作に西河克己が監督をした、軽妙なハートフルコメディで、今ではほとんど作られることのないパターンの映画です。

映画が始まると、バーに座っている三島由紀夫がおもむろに口上を述べて、一人の男藤村が刑務所の格子をでてくるシーンから映画が始まる。

彼は殺人以外はすべての犯罪を犯した不道徳な男で、でたとたん、昔の仲間にねらわれ、逃げ回ることになる。

列車の中で、うり二つの文部省の役人相良と入れ替わり、どたばた劇が始まる。

山城市という町にやってきて、そこにたまたまきた地元出身の女性スターの話や、モデルガンで完全犯罪を計画する学生の話、女遊びに長けているという嘘ばかりはなす役場の男、道徳運動に反対する活動家の青年、汚職に走っている校長先生、そしてその娘など、様々なエピソードが次々と軽妙なタッチでコミカルに語られていく。

テンポよく進む物語のおもしろさは、一級品とまではいかないまでも、今見れば新鮮で、最後は、行き着くところに行き着いてエンディングになる洒落たラストに、にんまりできる一本。楽しい映画でした。