くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「野火」(市川崑監督版)

kurawan2015-05-14

まもなくリメイク版が上映される、市川崑監督の名作「野火」をみる。

なるほど、この重厚感は半端ではない。ある意味息苦しくなるほどの鬼気迫るストーリー展開が、圧倒的に迫ってくるという感じである。

映画は、いきなり顔のクローズアップ。分隊長が主人公田村一等兵を叱咤している場面に始まる。横長の画面中央にどかんと配置した構図は「破壊」のオープニングでも見せた市川崑得意のカットである。

肺病の田村は、分隊で面倒をみきれないから、病院へ行かされたが、病院でも断られ戻ってきたのでしかられているのだ。そして、再度病院へ向かうが、ついたとたん、爆撃され、散り散りに逃げてしまう。

放浪する田村の周りに、あちこちの分隊の敗残兵がよってきては去り、集まっては殺されるを繰り返し、兵隊たちの精神は極限に近づいていく。そして、平行して飢餓も限界に近づいていくのだ。

田村がいく先々で出会う、まるで狂ったような兵隊たちの姿と、少しでも気を許すと、そんな狂った存在になりかねない自分との戦いをしながら進んでいく。

やがて、かつての野戦病院の仲間に出会うが、なんと、猿の肉だと、干した肉を与えられる。歯が折れて食べられなかった田村だが、実はその肉は、兵隊を撃ち殺した人肉だとわかるのである。

このあたりから、映像はそれまでの息苦しさよりも、どこか崇高な美しい構図が多用されはじめ、霧の霞や、山々の景色が、まるで田村の心の変化を映し出すようになっていく。

冒頭からあちこちにあがる、のろしのような煙、実は、地元の農民がトウモロコシの皮を燃やしている野火だと教えられ、田村は、危険を覚悟で、その煙を目指していく。

人肉を食っていた仲間を撃ち殺し、一人、両手をあげて、その煙に向かっていく田村に、容赦なく銃弾が浴びせられていく。そして、倒れるラストシーンは、極限に追いつめられたものの、人間性を失わなかった彼の崇高な姿なのかもしれない。

戦争が生み出した、人間の精神の限界、人間の弱さ、いきることの恐ろしさ、死に対する恐怖、なにもかもが行き着くところまで行き着いたとき、主人公が選んだのは、そんな人間をやめることだったのかもしれない。

強烈な作品である。その圧倒される力に押しつぶされるようなメッセージを受け取って映画を見終わる。確かに名作だが、重い。